「〈これぞ4AD!〉みたいな作品は作りたくなかった。ランダムで流れに任せた作品を試しに作ってみただけ」とは、このたびインタビューに応じてくれた現4ADレーベル社長のサイモン・ハリデイ(Simon Halliday)の言葉だ。しかし結果的には計18曲を収めたダブル・アルバムへと発展し、4ADの功績を端的に伝えているのが、先頃リリースされたレーベル設立40周年記念作『Bills & Aches & Blues』である。

80年に英国にてプロデューサーのアイヴォ・ワッツ・ラッセルによって設立され、90年代にかけてUKポスト・パンクやアメリカン・カレッジ・ロック~オルタナティヴ・ロックの名盤を、故ヴォーン・オリヴァーが手掛ける幻想的なアートワークに包んで届けてきた4AD。その後、2000年代以降は包含するジャンルをどんどん広げて、40年間勢いを失うことなく、過去に縛られることもなく、常に未来志向を維持して進化を遂げてきた。

『Bills & Aches & Blues』はそんな4ADの先駆性と先見性を物語っている、世代・時代を超えた音楽的対話、といったところだろうか。古くは、ニック・ケイヴが率いたバースデイ・パーティーの“Junkyard”(82年)からグライムスの“Genesis”(2012年)に至る楽曲を、まだ契約したばかりのジェニー・ヴァル(Jenny Hval)やマリア・サマーヴィル(Maria Somerville)も含む現在の所属アーティストたちが、思い思いにカヴァー。もちろん、音楽のみならずヴィジュアル面もこだわりぬいてパッケージされた、アニヴァーサリーに相応しい作品が仕上がっている。

2007年に現職に就任して以来、大きく変化し続ける音楽業界でレーベルを巧みにナヴィゲートしてきたサイモンに、このアルバムの完成までのプロセスを語ってもらうと共に、レーベルの歴史とレガシー、そして今後のヴィジョンに至るまで、広く考えを訊いた。

VARIOUS ARTISTS 『Bills & Aches & Blues』 4AD/BEAT(2021)

 

ノー・アイデアはベスト・アイデア――思いがけず始まった40周年企画作

――まずはレーベル設立40周年を記念して、このようなアルバムを企画した趣旨を教えて下さい。

「実は、企画したわけではなかったんだ。そもそもの計画は、プーネ・ガーナ※1を起用した写真撮影だった。彼女に所属アーティストの写真を撮ってもらって、レーベルの今の状態を示すスナップショットを作ろうというものでね。ちょっとした写真集を作るかウェブに掲載できたら……くらいに思っていたんだ。

でもその話し合いの中で、どれか古い曲のリミックスを一曲加えたら面白いんじゃないかという案が出て、EPに膨らんだ。あくまで音楽はオマケ。ヴィジュアルをメインに考えていて〈一曲でもちょっとやり過ぎじゃないか〉と思っていたくらいなのに、どんどん雪だるま式に膨らんでいってね。そこにシャンティ・ベルクリス・ビッグによるアートワークの案※2も生まれて、捨てがたいアイデアばかりだったからそのまま進めたんだ。結果的に、そうして良かったと思っているよ」

※1 テキサス州出身の気鋭のミュージック・フォトグラファー
※2 アルバム・ジャケットは、ヴォーン・オリヴァーの元アシスタントで、多数の4AD作品のヴィジュアル・デザインを手掛けてきたクリスと、ロンドンの名門美大セントラル・セント・マーティンズを卒業したばかりのデザイナーであるシャンティが共作した

――カヴァーされている曲は、有名な曲、レア曲、様々です。無数の候補がある中で誰がどの曲をカヴァーするのか、レーベル側がある程度方向付けをしたのですか?

「いや、まったくしていない。参加したアーティストも本当にランダムで、選曲はアーティスト自身に任せた。僕たちがアーティストに驚かせて欲しかったし、楽しませて欲しかったからね。

それに、何も決めずランダムにしたほうが作業もしやすいだろうと思った。自然な流れのほうが、マジックが起こる可能性も高くなるわけで、ノー・アイデアはベスト・アイデア。だから、こちらからは何も指示はしなかったんだ」