〈ミュージカル界のプリンス〉が名曲と共に振り返る、王子の王子たるゆえん

ミュージカル俳優として活躍し、〈ミュージカル界のプリンス〉と呼ばれる井上芳雄が2021年5月に東京・国際フォーラムAで自身のデビュー20周年を記念した配信コンサートを開催。その模様を収録した2DVD+2CD+スペシャルフォトブックが、2022年2月16日(水)にリリースされる。この中身がまあすごいことになっているのである。

井上芳雄 『井上芳雄 by MYSELF SPECIAL “LIVE” 20th Anniversary Festival! ~裏切らない芳雄4時間フェス~』 コロムビア(2022)

まずはDISC 1のDVD〈井上芳雄 by MYSELF SPECIAL “LIVE 20th Anniversary Festival!~裏切らない芳雄4時間フェス~ 東京国際フォーラム ホールA 5/8/21〉から。本編1部の幕開けは、なんと10年前に実際に行われた10周年記念のコンサート「幸福な王子」のエンディングから。井上が「ありがとう、みんなありがとう」と観客に深々とお辞儀して舞台を降りるところから始まるのである(ちなみに10年前に行われた「幸福な王子」は開演1時間前から開演までの楽屋裏を描いたストーリーで、今回はその続編でもあり、もちろん知らなくても楽しめるが、知っていればより楽しめる作りになっている)。

「よっしゃ~、今日も無事に終わった~。お疲れ様でした~」と言ってステージを降りた井上は、とあるファンレターに目が留まり読み上げる。しかし、その内容には賛もあれば否もある。さらにネットの評判を見れば、〈そこまでしてプリンスにしがみつきたいのか〉などといった悪口が目に入ってしまい、井上は悩み始めてしまう。

すると不穏な雰囲気とともに、ミュージカル「エリザベート」に登場したトートダンサーが現れ、プリンス井上は苦悩しながらダンサーと踊りつつ、それでも「まだまだやれる」と一人語りを始める。と、そこにまたしても「エリザベート」に登場する裁判官の声がして、井上に「なぜミュージカル界のプリンスになったのだ」と問う。プリンス井上が「ミュージカル界が望んだのだ」と答えると、「ふざけるな」と裁判官。この掛け合いがたまらなく面白い。〈ミュージカル界のプリンス〉が、時に苦悩しながら、時におどけながらも、自分がプリンスでいられる理由を打ち明けていく。中には自虐的なネタもあるのだが、そこに嘘偽りはなく、自分のカッコ悪さすら包み隠さないのがカッコいいのだ。

そして、2010年からのプリンス井上の10年が本当に〈プリンス〉だったのか、名曲と〈裁判官殿〉と一緒に振り返っていくのである。「その役はプリンス役だったんだろうな?」「いや、違う!」「プリンス役の代表作はどれだ?」「どれも違う!」……ミュージカル界のプリンス、意外と王子役が少なくて思わず笑えてしまう。そんな冗談も挟みながらも、「ルドルフ ザ・ラスト・キス」より“わたしという人間”や「ダディ・ロング・レッグズ」より“チャリティ”と続けていき、王子の王子たるゆえんを振り返っていくのだが、「俺は、その作品や役や歌から人生を学んできたんだ! 今日はその恩返し、思いのたけを、ビックリするくらい長い時間ぶつけてやるからな! 覚悟しとけ!」と意気込むシーンはたまらなくカッコいい。これぞ王子だ!

「エリザベート」からは“最後のダンス”、「グレート・ギャツビー」からは“夜明けの約束”など、過去の出演作の名曲たちを続々と歌い上げていくプリンス井上。バンドを従えているとは言え、舞台上にいるのは井上ただ一人。画面の向こうにいるとは言え、配信なので観客はゼロ。当然やりにくさもあったとは思うが(本人も途中「やけくそみたいなテンションでこの一週間くらいやってんだよ! ……ウソです」と発言している)が、たくさんの仲間と一緒にいるきらびやかなミュージカルの光景が見えてくるし、オーディエンスからの拍手喝采が聴こえてくる。茶目っ気あふれるMCとは異なり、その歌唱力、表現力は本物で、歌だけで雄大な光景や豪華なシーンが思い浮かんでくる。1部の〈オチ〉も面白く、これを観るだけで井上のトリコになること間違いなしだ。

続く後半の第2部は、ゲストとのコラボレーションがてんこ盛り。盟友・中川晃教に始まり、田代万里生、坂元健児、加藤和樹、はいだしょうこ、海宝直人、島田歌穂らが続々登場する。

中川、田代、坂元を交えた「ライオンキング」の“ハクナ・マタタ”は愉快で楽しいし、はいだと歌う「エリザベート」の“夜のボート”や「塔の上のラプンツェル」の“輝く未来”は男女の美しい掛け合いが流石の一言。「アニーよ銃を取れ」より、島田歌穂との“Anything you can do”では、井上と島田の歌唱力は圧巻だ。それぞれの曲間に挟まれるMCの掛け合いや即興パフォーマンスもここでしか観られなくて面白く、最後にはゲスト全員で、子供向け番組でおなじみの“ぼよよん行進曲”を大熱唱。最後までスペシャルなステージを楽しませてくれる。

ラストは井上ひとりで3曲。「The PROM」より“Tonight belongs to you”、玉置浩二の“花束”、ミュージカル「コーラスライン」より“愛した日々に悔いはない”を楽しく、華やかに、しっとりと歌い上げる。そして最後は再び全ゲストを呼び「ルドルフ ザ・ラスト・キス」より“明日への階段”を歌い上げ、コンサートは幕を下ろす。

DISC2のDVDでは、当初予定していたツアーで唯一、有観客で開催できた千葉・松戸・森のホール21公演より、スペシャルゲストとして俳優・浦井健治とのコラボステージの模様と、DISC 1には入りきらなかったトークをセレクトして収録。そしてDISC 3、DISC 4のCDにはDISC 1の内容を音源で収録している。

〈ミュージカル界のプリンス〉が駆け抜けてきた20年の集大成であり、日本ミュージカルの歴史を濃縮した今作品。特盛・特濃の4枚組で、王子が王子であるゆえんを存分に味わっていただきたい。