
“Sister Jack”(2005年作『Gimme Fiction』収録)
普遍的なソングライティングと、実験的なスタジオワークの融合。『Gimme Fiction』は、バンドの代名詞とも言えるサウンドが最初の到達点を見せたアルバムだった。フランツ・フェルディナンドの“Take Me Out”(2004年)にインスパイアされたという“I Turn My Camera On”の官能的なメロディーも絶品だけど、ブリットのUK志向がもっとも発揮されたトラックがこの“Sister Jack”だ。ド直球の8ビートと、開放弦をジャカジャカとかき鳴らすアンサンブルはもう、モロにビートルズ(MVの舞台もルーフトップ!)。ギターソロの代わりに奇妙なノイズや歓声を混ぜ込むなど、一筋縄ではいかない音作りもスプーンらしい。
“The Underdog”(2007年作『Ga Ga Ga Ga Ga』収録)
スプーンをほとんど知らない読者でも、一度は耳にしたことがあるだろう。60年代のソウル/R&Bからの影響をダイレクトに反映した、ウキウキするほどゴージャスなブラスセクションが印象的なこの曲は、ポール・トーマス・アンダーソン映画の劇伴で著名なジョン・ブライオンが共同プロデュース&演奏で参加(MVもちょっとPTA風)。歌詞は一言でいえば負け犬賛歌だが、すべてを肯定する〈Yeah〉〈Right!〉のシャウトには胸を打つものがあるし、初の全米10位にランクインした当時の無敵感を裏付けるようだ。アルバムリリースの翌年には東京・代官山UNITで初の来日公演(最高でした)を行い、5か月後の〈フジロック〉にも出演。日本でのオンステージはそれが最後となってしまっているのが口惜しい。
“Got Nuffin”(2010年作『Transference』収録)
アニマル・コレクティヴやディアハンターとの仕事で知られる、エンジニアのニコラス・ヴェルンヘスと共にレコーディングした楽曲。〈オマエらといると王様になった気分だよ、ブラザー〉の歌い出しは長年連れ添ったメンバーへのラブレターみたいだし、クラウトロックで多用された4/4ビート(スプーンというバンド名はカンの曲名から採ったことを思い出してみよう)を反復するストイックな展開と、直線的でソリッドなギター、そして唐突に訪れる幕切れにはいつ聴いてもハッとさせられる。
ちなみに、この曲を収録した『Transference』は唯一ブリット&ジムの2人だけでセルフプロデュースしたアルバム。ブリット本人は「(セルフの作業は)あまりにも大変だったから、二度とゴメンだ!」と笑っていたが、緻密なスタジオワークから生まれる音像はロックバンドとしてのK点をさらっと越えている。
“Knock Knock Knock”(2014年作『They Want My Soul』収録)
ブリットはウルフ・パレードのダン・ベックナーらと組んだディヴァイン・フィッツとして、ジムは!!!などの敏腕プロデューサーとして、それぞれの課外活動を経てカムバックした『They Want My Soul』。スケジュールの都合もあり、ジョー・チッカレリ(ホワイト・ストライプス、ストロークスほか)とデイヴ・フリッドマンの2名がおよそ半分ずつバンドと共同プロデュースを担うカタチになっているが、“Do You”などのシングルカット曲よりもスプーンの実験精神が如実に表れているのが、デイヴが手がけた“Knock Knock Knock”だろう。
素っ頓狂な口笛と、津波のように迫る不気味なストリングス、ネジがぶっ飛んだギター。おそらくビートルズの“A Day In The Life”(67年)を下敷きにした曲である気もするが、ブリットが「デイヴはデンジャラスな部分も備えてるんだ」と太鼓判を押す理由がよくわかる、スプーン史上一二を争うサイケデリックな楽曲である。