
2025年10月25日(土)にデビュー35周年を迎える槇原敬之。設立15周年を迎える自社レーベルのベスト盤『Buppu Label 15th Anniversary “Showcase!”』のリリースをはじめ、ツアーやアリーナコンサートの開催、過去の名盤の数々のアナログ化などアニバーサリーを祝う様々な活動を実施中だ。そんな記念すべきタイミングを祝い、同じシンガーソングライターとしてマッキーを深くリスペクトするbutajiに特別寄稿してもらった。復帰作にして最新オリジナルアルバム『宜候』(2021年)を中心に彼の作家性へ迫る。 *Mikiki編集部
両親も親しんできた存在で子供である私も教えられ、メディアからもたくさん流れて、義務教育課程でもたくさん歌ってきた槇原敬之は、もはや刷り込みで先生や達人のような存在でした。そんな存在であるからこそ、活動を再開した背景と共に『宜候』をリリースした2021年は私にとって衝撃で、ついに社会が変わるような期待があり、あのアルバムを繰り返し真剣に聴いたことを思い出します。
マッキーの歌詞は、始まりはまるで日記を書き出す時くらい日常生活に近い切り出し方なのですが、いつの間にか現実の世界から想像や理想の世界へ場面が飛躍します。一文字たりとも省略しないようなはっきりとした歌唱も含め、レンズの倍率、焦点の合わせ方、視点の切り出し方を巧みにあやつって、現実がそのままの姿で美しくあることや、俯瞰で捉えて今までなかった組み合わせを指し示す、まるでミュージカル映画のような印象を受けます。身近などこにでもあるような生活感のある物事についても、普遍的な未来への解釈をいつだって見出すことができる。もちろんそこにはご自身の苦悩も当然あって、さまざまな物事――人が変わってしまうこと、なくなってしまうことを前提にしているから、だから〈人生とは〉とか〈愛とは〉といったことを描くことができる。『宜候』には“悲しみは悲しみのままで”や“わさび”など死の匂いの漂う曲もあり、そうなるといよいよマッキーは、いまここで生きていくことが希望であると、生活こそが希望であると伝えたいんだろうなと思います。
さまざまな性別やキャラクターへ楽曲を多く提供していて、その中ではメッセージソングとして〈こんな社会だったらいいな〉と願う視点を強く描いている印象も受けました。そこから考えると、それは本来多面的な側面がある人間が一つの役割を強いられていること、それ以外は見えないように振る舞うことへの違和感を本人が大切に抱いてきたからなのではないかと、カミングアウトして活動している私は感じます。つまりマッキーの中にたくさんのマッキーがいて、それを自分自身で受け入れていくということ。ポップスという抽象的な構造のなかでこの試みを続けてきたことは大変な功績で、とても尊敬しています。
マッキーは90年代からソロシンガーとして、内面を曝け出すこと、強い男性像というより弱さを描くことで男性性を屈折させてきました。音楽という誰もが集える場所の役割を担って、さまざまな人の衝撃を柔らかく受け止めてきたマッキーの歌詞を拠り所にしてきた、通過してきた、影響を受けてきた人はたくさんいるのだろうなと容易に想像できます。
今後作られる作品をずっと楽しみにしているアーティストです。いつかご一緒できたらとても光栄です。
PROFILE: butaji

シンガーソングライター。幼少期からクラシック音楽に影響を受けて作曲を始める。コンセプト立てた楽曲制作が特徴で、生音を使ったフォーキーなものからソフトシンセによるエレクトロなトラックまで幅広い楽曲制作を得意とする。2013年に自主制作したEP『四季』が話題を呼び、2015年に1stアルバム『アウトサイド』をリリース、2018年に2ndアルバム『告白』を発表。2021年に3rdアルバム『RIGHT TIME』を発表し、〈APPLE VINEGAR – Music Award 2022〉の大賞を受賞。同年ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」主題歌“Presence”に作詞・作曲で、2022年にドラマ「エルピスー希望、あるいは災い-」主題歌“Mirage”に作詞・作曲で参加した。ライブでは弾き語りを始めバンド、デュオなどさまざまな形態で活動中。トラックメイカーの荒井優作とのユニット・butasakuとしてもライブ&リリースをおこなっている。