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コラム

ダニエル・ロッセン(Daniel Rossen)『You Belong There』グリズリー・ベアの頭脳が初のソロアルバムで追求した独自の音世界とは?

©Amelia Bauer

グリズリー・ベアの頭脳にして、世界中のインディー・ファンが認める現代最高のシンガー・ソングライターが初のソロ・アルバムで追求した独自の音世界とは?

 2000年代に隆盛を極めたブルックリンのインディー・シーンを代表するバンド、グリズリー・ベア。2009年に決定的な一作『Veckatimest』を発表した後、2017年には『Painted Ruins』でメジャー進出を果たした。そこでヴォーカルやギターを担当する中心的なメンバーが、ダニエル・ロッセンだ。彼は2012年にソロEP『Silent Hour/Golden Mile』をリリースし、バンドとは異なる表現を模索しはじめる。またそれと並行する形で、プレイヤーとしても精力的に活動。なかでも特筆すべきは、フリート・フォクシーズとの共演だろう。彼らの2020年作『Shore』に参加し、幽玄なギター・プレイを聴かせたのも記憶に新しい。

DANIEL ROSSEN 『You Belong There』 Warp/BEAT(2022)

 そんなダニエル・ロッセンが、初のフル・アルバム『You Belong There』をリリースする。世界中のインディー音楽ファンが待ち望むなか、満を持しての発表となる今作。一聴してまず、アコースティック・ギターの艶やかな音色に圧倒される。ミックスによって強調されていると思しきその響きには、すぐそこで鳴っているかのような生々しさと現実離れした浮遊感が同居している。

 加えて彼は今回、ギター以外にもさまざまな楽器を採り入れており、それらもこの独特の音世界に貢献している。コントラバスやチェロといった弦楽器から木管楽器に至るまで、ほとんどすべてを自身で演奏しているようだ。その賜物であろうか、豊かな広がりをもった今作のサウンドからは、同時に緊密さも感じられる。そしてアンサンブルの奥からは、多彩な音楽的バックボーンが聴こえてくる。フォークやフラメンコ、コンテンポラリー・ジャズ、現代音楽……これらが絶妙なバランスで混ざり合った音は、摩訶不思議でありつつも耳馴染みがいい。

 ジャンルを悠然と横断したスケールの大きいサウンドは、ボヘミアン的な詩情を湛えた歌詞ともリンクしている。例えば“It's A Passage”の〈また戻ってきた 凍った地面にできた道を辿って/かつてはそこで僕らは走っていた 愛を心に抱いて〉。あるいは“Celia”における〈僕はいまもよろめいている かつての君のように/捨てられた土地へと向かいながら〉。もちろんここに表れた〈土地〉や〈移動〉のモチーフは比喩的なものであろうが、それでもブルックリンを離れ、ニューヨーク州北部の人里離れた土地やサンタフェなど、アメリカ各地を遍歴してきた彼自身の経験が歌詞に刻まれているであろうことは、想像に難くない。

 ここまで挙げてきた新作の特徴は、先述のEP『Silent Hour/Golden Mile』においてすでにその萌芽が見られたものだ。だが『Silent Hour/Golden Mile』をいま改めて聴くと、まだ〈ロック・バンド感〉が強いという印象を受ける。ロックに留まらぬ音楽的探求への意志を宿したアンサンブルにはしかし、ロックの尾ひれがまだついており、その総体からひらける世界は、新作のそれに比べると〈狭い〉のだ。とはいえ、『Silent Hour Golden Mile』が『You Belong There』と地続きであることは疑い得ない。なかでも特にその3曲目“Return To Form”は、かなり直接的に今作へと繋がっているように感じられる。

 以上のことから見えてくるのは、ダニエル・ロッセンの作家としての姿勢だ。前にあったものを否定するのではなく、それを踏襲しながら、その本質をさらに掘り下げ、熟成させる。そのようにして、彼は新しいものを生み出すのだ。『Silent Hour/Golden Mile』に含まれていた要素は、より洗練された形へと生まれ変わり、『You Belong There』に息づいている。

 〈10年が過ぎた それだけの価値はあったのだろうか/過去がどうあれ、未来がどうあれ 僕らはいまここにいる〉。これは新作中の“Unpeopled Space”に出てくる一節だが、彼自身が『Silent Hour/Golden Mile』リリース後に歩んだ歳月を踏まえて聴くと、思わずジーンときてしまう。彼が遍歴の末に辿り着いた場所でどんな音を鳴らすのか、いまはただその響きにそっと耳を傾けたい。

グリズリー・ベアの作品。
左から、2004年作『Horn Of Plenty』(Kanine)、2006年作『Yellow House』、2009年作『Veckatimest』、2012年作『Shields』(すべてWarp)

 

左から、グリスリー・ベアの2017年作『Painted Ruins』(RCA)、ダニエル・ロッセンの2012年のEP『Silent Hour/Golden Mile』(Warp)、フリート・フォクシーズの2020年作『Shore』(Anti-)

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