1982年生まれ、ドイツのバリトン、ベンヤミン・アップルが39歳にしてついに録音した『冬の旅』。彼は最晩年のフィッシャー=ディースカウの教えを受け、文字通り最後の弟子となった。師が自らの芸境を記す里程標のように録音を重ねた『冬の旅』。今度はアップルがどのような深化の道程を刻んでくれるだろうか。師譲りと言いたい柔らかな美声、そこに多彩な陰翳をもたらす豊かな表現力。《おやすみ》での巧緻すぎるほどの語り口も彼の声の魅力と技術があってこそ。「辻音楽師」では声に明滅する心的表象の考察がいさぎよく聴き手に託される。盟友ベイリューのピアノも、歌手との意志疎通が精密になされ、一体的表現が緊密だ。