日本歌謡史100年と〈平成の秀歌〉に橋を架ける意欲作

 ファイブズエンタテインメント設立20周年特別企画を謳う『DREAM -五木ひろし J-POPを唄う-』はミニマムな編成でありながら、馥郁たる気品と風格、スリリングな冒険心と豊饒な成果に満ちた作品集だ。「五木ひろし」としては51年め、通算223枚め(!)となるアルバム制作に際し、ゲスト演奏者に招いたのはピアノの清塚信也、そしてギターの村治佳織。いずれも近年の共演企画で意気投合し、「いつか、今度」の再会コラボがコロナ禍で成就。「夢が実現したのだから〈DREAM〉で」との素直な想いから冠された。

五木ひろし 『DREAM -五木ひろし J-POPを唄う-』 ファイブズエンタテインメント(2022)

 「カヴァー曲の候補は当初、3倍近くはありましたね。ピアノだけが合う歌と、ギター1本が似合う歌と、この曲はみんなでコラボしたほうがいいな、とか。やはり歌は実際に聴いてみないと判らないので、聴いて選んでゆく作業の中でいろいろとイメージを膨らませながら、じぶんの中で固めていった感じですね」(五木:談)

 卓越した清塚/村治の演奏技術に鑑み、曲によっては〈+ストリングス〉の編成で9曲の厳選カヴァーと、1曲の再録オリジナルに挑んだ。毎回、スタインウェイ常設のスタジオで「同録」「ほとんどがテイク3まで」でレコーディングされた。「表現というのは、その人の生き様や人生で体験してきた情報量といったことで、こんなにも説得力をもたらすのだと、セッションをしながら知ることが出来ました」(清塚:談)、一方のギタリストは「五木さんの馥郁とした声、心地よいビブラートを味わいながら、コード弾きとはまた違うクラシックギターならではの繊細な表現を心がけました」(村治:談)。カヴァー経験が豊富な五木自身は、ジャンル越えの試みを、こう語る。

 「半分程が女性ヴォーカル作品ですから、とにかく語りかけるように、〈優しく歌う〉ことを一番心掛けました。僕自身が創り上げてきた歌い方には3通りあって、一つめがコブシを廻して力強く歌う、二つめが童謡のように譜面に忠実に歌う、三つめが地声とファルセットのバランスを巧く共用させる歌い方ですね。それがパターンに応じてちゃんと出来て、3通りの色が上手く出せれば、もう鬼に金棒(笑)。何でも歌えると思います」

 〈挑戦〉と〈継承〉は歌手活動の早い時期から、五木が自らに課してきた二大テーマだ。2007年開催の〈日本歌謡史100年!五木ひろしin国立劇場〉、翌年の〈日本歌謡史100年~昭和編~〉は未だ語り継がれる伝説的公演となった。二部構成の前者では、数百の候補から全58曲が選ばれ、“荒城の月”から自作の“高瀬舟”までが披露された。興味深いのは本作中で最も後発のカヴァー曲となる綾香の“三日月”が、“高瀬舟”と同じ2006年のリリースだという点だ。五木は「昭和歌謡黄金時代」(2013年、ベスト新書)という好著も綴ったが、今回のアルバムは前作『演歌っていいね!』共々、〈その後の後輩歌〉に挑んだ意欲作。前掲書の増補改訂版的な要素を、本業の音楽によって示した作品集ともいえる。

 「良くも悪くも歌謡曲/演歌というジャンルは旧態依然、手法が今も昔も変わらない。僕は一番いい歌謡曲黄金時代を生きて来て、半世紀を経た今、僕らの分野も変化すべき時に来ているなと正直思うし。今回の企画はある意味、歌謡曲/演歌を愛し、歌っている後輩たち、あるいは作っている人たちへの〈投げかけ〉でもありますよね」

 最後を飾るのが、3人+ストリングスによるオリジナルの再録版“日本に生まれてよかった”。かつて「日本で一番、日本語を美しく歌う歌手」と五木を賛辞した都倉俊一の作品だ。作詞も都倉自身が書き下ろした渾身曲が〈最良の解説文〉よろしく、他のカヴァー曲に通底する〈日本の四季〉や〈日本人の心〉をリスペクトし、各曲の魅力を際立たせる効果を生んでいる。繰り返し何度聴いても耳が疲れない、ジャズの名盤にも似た感触に驚いた。「僕の原点」と語る弾き語りの時代から「誇張よりは謙虚さ」を信条としてきた五木唱法の真髄が解かる珠玉集。シナトラ唱法の如く吹いたマイルスの、数多の名演さえもが連想される。