人と人のつながりのなかに存在して欲しい、という願いをアルバムタイトルに込めて

 本来の予定では新作を制作するはずだったが、「デッカのプロデューサーとやりとりするなかで、今の状況を考えると新作のレコーディングは、難しいだろう」という判断を受けて、村治佳織は、4枚目となるベスト盤の制作に舵を切った。

 「コンサートでよく弾いている好きな曲がたくさんあるのですが、それらをまとめた作品がなかったので、私としてはいい機会を与えられたと思っています」

 制作の出発点にあったのは、「コロナ禍の今の時代にふさわしい選曲をしよう」という思い。さらにその選曲の先に「アルバムが人と人のつながりのなかに存在して欲しい」という願いもあって、『ミュージック・ギフト・トゥ』というタイトルがつけられた。

村治佳織 『ミュージック・ギフト・トゥ』 Decca/ユニバーサル(2021)

 選曲は、デッカ移籍後の全作品が対象となり、「私の演奏の変遷よりも、みなさんに長く愛され続けているメロディを中心とした構成にするのがいいというのが私の第一の思いでした」と言う。実際にアルバムは、ビージーズのヒット曲“愛はきらめきの中に”から始まり、バッハの“主よ、人の望みの喜びよ”もあるが、多くが誰もが知るような有名な映画音楽だ。

 「もともと映像に寄り添うように書かれている曲なのでどこか包み込むような優しさがあり、主張しすぎずいいバランスでまとめられている曲が多いと思います。映画音楽は20代、30代で弾き込んできて、これからもずっと演奏し続けたいジャンルでもあります」

 新録が1曲あるが、それも2019年に映画化されたミュージカル「キャッツ」の名曲“メモリー”だ。

 「オリジナルは、ミュージカルのために書かれた曲なので、ダイナミックレンジがすごく大きく、それをどう表現しようかいろいろ考えました。テンポもゆっくりめとか、速めとか試すなかで、辿り着いた私自身が心地好いと思えるテンポで演奏しています」

 この“メモリー”がとても美しい。感動がじわじわと全身に広がるようなハーモニクスが最後に聴ける。

 「さすがアンドリュー・ロイド・ウェバーという感じの宇宙的な広がりを持たせるメロディですよね。当初は1回だけ弾くアレンジでしたが、バーブラ・ストライサンドの歌などを聴くと、2回繰り返されていたので、アルバム最後の曲ということもあり、2回演奏してピアニッシモで最後終わらせようと考えました」

 この“メモリー”で初めて実弟でギタリストの村治奏一がプロデュースしていることも話題になっている。

 最後に、12月12日にサントリーホールで待望のリサイタルが行われる。その際にキューバの作曲家レオ・ブローウェル委嘱作品「青いユニコーンの寓話」が世界初演となる。この曲にまつわる興味深いエピソードもきっとステージで披露されることだろう。