©Juan Carlos Villarroel

1826年製グラーフのフォルテピアノで聴く、シューベルト ピアノ・ソナタ第21番

 フランツ・シューベルト(1797~1828)の生きた時代はピアノの発展の時代と重なり、現在とは違う発想のもとに作られたフォルテピアノも多かった。シューベルトと同じ時代の楽器製作者として知られるコンラート・グラーフ(1782~1851)の作るピアノは、それらの中でも多くの作曲家たちを魅き付けたものだった。インマゼールとの共演などでも知られるフォルテピアノ奏者の伊藤綾子は、そのグラーフの1826年モデルを元に2000年にクリストファー・クラーク(1947~)が製作したレプリカを使い、シューベルトの晩年のピアノ・ソナタ第21番などを録音した。

伊藤綾子 『シューベル:ピアノ・ソナタ第21番D.960、3つのピアノ曲D.946』 Challenge Classics/キングインターナショナル(2022)

 「コンラート・グラーフは1820年代から40年代にかけて、ウィーンで最高のピアノ製作家のひとりだったと言われますが、とりわけ1826年製のモデルは、私が知っているグラーフのピアノの中でも魅力的な楽器のひとつです。透明感のある音色、鍵盤の各音域の音色がはっきりと聴こえ、より豊かで温かく、そしてオーケストラのような音色も得られるようになった、グラーフ黄金期のフォルテピアノです」

 と伊藤は楽器の魅力を語る。その楽器にふさわしい音楽こそ、シューベルトが人生最後の年に完成したピアノ・ソナタである。

 「以前からシューベルトのピアノ・ソナタ第21番は演奏してみたい作品のひとつで、心の中で温めていた作品ですが、ベルギーに拠点を再び移し、アントワープのフレースハウス楽器博物館でリサイタルを開くことになりました。そこには1826年製のオリジナルのグラーフがあったからです。しかし、そのコンディションがあまり良くないことに気付き、クラーク氏のレプリカをその会場に運んで、リサイタルを行いました。それが今回の録音にも繋がりました」

 柔らかいけれど、透明感と温もりも含んでいるフォルテピアノの音色は、シューベルトの世界をより深く感じさせてくれる。

 「このグラーフのピアノフォルテには4本のペダルがありますが、その中のモデラート・ペダルを、今回はソナタ第21番の第2楽章の再現部でのみ使用しました。このペダルは聴いたこともないような柔らかい音を出せるペダルで、別世界へ誘われるような感じがします。もう戻れない世界へ踏み込んで行く、その情景を表現するのに最適なペダルだと思ったのです」

 音色の発見も多いが、よりシューベルトの世界に近づいた感覚を与えてくれるこの録音は多くの人の愛聴盤になるだろう。

 


RELEASE INFORMATION

今後、Challenge Classicsレーベルからの次回作として、エラール・ピアノによる『ドビュッシー:版画&前奏曲集第1巻』を録音予定。