©Rahi Rezvani

パンデミック禍の心の薬となるため、再び優しい巨人はピアノに戻った

“Hermetism has been my own medicine for the pandemic.”

 ポスト・クラシカル界の〈ジェントル・ジャイアント〉が帰還する。

 2017年にドイツ・グラモフォンからリリースされたピアノソロ・アルバム『Prehension』とその風貌で一躍ピアノ界の寵児となったユップ・ベヴィン。その後リリースしたリミックスアルバム『Conatus』、三部作最終章『Henosis』ではチェロやオーケストラを取り入れ、ピアノ以外の色彩を獲得した様に思えた。ところが今回発表する、新たなプロジェクト『Hermetism』では再びピアノソロによる原点回帰が成された。

JOEP BEVING 『Hermetism』 Deutsche Grammophon(2022)

 本作はヘルメス主義および、それを記した文書「キバリオン」よりインスピレーションを受けているという。神秘主義的ながら独特な哲学と思想を持つヘルメス主義の7つの法則に基づいて本盤の楽曲は制作された。題材を踏まえると実にニューエイジ的なアプローチではあるが、楽曲はロマンティックで内省的、それでいてモノクロームな彼の作風が反映されている。

 本アルバム制作時に「パリを思い浮かべていた」と語るユップだが、彼の中のロマンティックなイメージの源流はそんな街の姿なのだろう。そんな美しさが全面に出ているのは“Paris s’enflamme”。ミニマル的な伴奏に少しの情熱が篭ったメロディが乗りアルバムの中でも一つの山場を築いている。一方で“Last Dance”“Little Waltz”では舞曲を表題にしているだけあって物悲しい3拍子にメランコリックなメロディが揺蕩う。“Mushin”では音の密度が小さくアルヴォ・ペルトを思わせる澄み切った響きを聴け、終曲にしてアルバム内最長の楽曲“Roses”は10分にもおよぶ瞑想的な時間を楽しめる。モノクロームと形容はしたが、楽曲それぞれは個々の色があり、アルバム全体を通して深い祈りを感じさせてくれる意欲作だ。

 映画音楽や多数の楽器を使用した創作を経たからこそ、自身が語りたい音が〈ピアノソロ〉なのだと立ち帰れたのだろう。本作はパンデミックの災禍に必要な癒し・慰めに満ち、寄り添ってくれる音楽に溢れている。彼自身がこのアルバムは「自らの薬」と表現しているが、先行配信された“Nocturnal”を聴いていると、この薬は他の誰にでも効くものだとわかるだろう。