ウィスパー・ヴォイスの歌姫、新作は若きロマのミュージシャンたちと共に

 キャシー・クラレの『これがわたし』には、邦題が示している通り、彼女のバックグラウンドが鮮明に打ち出されている。キーワードは〈ロマ〉だ。南仏で生まれたキャシー自身にはロマの血は流れていない。が、彼女は幼少時から欧州やモロッコ、北米各地を転々としながら育ち、10代半ばの頃にロマの大家族に受け入れられた。そして近年は、スペインのバルセロナを拠点にロマの人々と交流している。87年にヴァージン・フランスからリリースされたキャシーのデビュー曲“¿Por qué, por qué?”を、振り返ってみよう。ウィスパー・ヴォイスで歌われる同曲は、後に〈渋谷系〉と称される日本の音楽にも影響を与えたが、フラメンコ・ギターとカホンが取り入れられている。つまり、ロマがその歴史において重要な役割を果たした〈フラメンコ〉が大きな要素であることに改めて気づく。

CATHY CLARET 『これがわたし』 RESPECT(2022)

 『これがわたし』は、2人のプロデューサーをはじめ、ロマの人たちの全面的協力のもとに録音された。しかも主な録音場所は、バルセロナのロマの居住区にある団地の部屋。プロデューサーのチェが、家族とともに暮らしている一室の片隅に設けられた自宅スタジオだ。音楽的にはフラメンコにポップやソウル、トラップなどの要素がミックスされた曲が並んでいる。計3曲あるカヴァーのうちの一曲は、ジャネットが74年に放ったヒット“あなたが去ってしまうから”。カルロス・サウラ監督のスペイン映画「カラスの飼育」(75年)に使用されたこの曲は、カヒミ・カリィもカヴァーしている。ジャネットは英国生まれで、幼少時は北米、そして12歳からバルセロナで育った。また、サウラ監督はフラメンコを取り上げた作品を多く製作している。“あなたが去ってしまうから”は、こうした点からもキャシーと繋がっている。

 現在のキャシーは、〈ポップ・ジタン(Pop Gitan)〉を標榜している。彼女の中の〈ロマ性〉がこれまでになくあふれ出ている『これがわたし』は、まさにこの言葉がふさわしいアルバムだ。