時空を超えて続く、父と子の美しく胸を打つメロディ
去る9月に代表作『危機』の50周年ツアーで来日した英プログレの雄、イエス。そのサウンドの要が、スティーヴ・ハウのギターだ。ロック・ギタリストの大半がブルーズをもとにした演奏だった時代に、スティーヴはクラシック、ジャズ、フラメンコ、ブルーグラスなど幅広い音楽の影響と技法を融合した折衷的なスタイルで、イエス黄金期の作品に大きな貢献をした。
そのスティーヴの最新作は、次男ヴァージル・ハウとのデュオ名義のインスト・アルバムの2作目『ルーナ・ミスト』である。ヴァージルは父の作品やイエスの楽曲を再構築した『イエス・リミックス』に参加し、リトル・バーリーのドラマーとしても知られたが、もうこの世にいない。17年に父子のデビュー作を完成後、心臓発作で急死。41歳の息子に先立たれた悲しみに打ちひしがれながらも、スティーヴは息子の音楽を称えるべく『ネクサス』を世に送り出したのだ。
それは最初で最後の共作のはずだったが、思いがけない続編が届いた。実は当時『ネクサス』の日本発売の話があり、新作の表題曲が追加曲に用意されたけども、結局日本盤は見送られてお蔵入りした(今回『ネクサス』は新作と共に日本発売される)。ところが、20年にスティーヴはその“ルーナ・ミスト”を聴き直し、発表の価値ありと判断した。息子の残した音源を用いて、新たなデュオ作の制作を決心する。
ヴァージルはキーボードとドラムズをこなすマルチ奏者で、このデュオの曲の多くは彼の弾くピアノの情感豊かなメロディが核となっている。『ネクサス』ではヴァージルの作ったトラックにスティーヴがギターを弾き、息子が父曰く「私が聴いたこともなかったような楽器編成の編曲」で仕上げるという過程だった。曲名の幾つかは広大な未知の世界への旅を示唆しているようで、映画音楽的な曲もあり、スティーヴのギターもその音世界をさらに広げていくような演奏を聞かせている。ヴァージルはDJでもあったので、ファンクやドラムンベースのようなダンサブルな音楽の要素まである多彩なサウンドのアルバムだ。
一方、新作『ルーナ・ミスト』は、残されたヴァージルの音源をもとにした3分前後の短い曲が大半となっている。スティーヴは楽譜に起こすことから始め、息子のメロディを尊重しながら、自分のアイデアも加える補作を行なったようだ。お互いの文章を仕上げるような、父子の共生的な関係は時空を超えて続く。その結果、アコギの出番も多く、ピアノに呼応するギター演奏はまるで息子に語り掛けるような親密な雰囲気を持っている。これは愛情をこめてプロデュースされた美しいアルバムで、当然ながら故人を偲ぶメランコリーも漂い、聴き手の胸をうつ作品となった。