日常に寄り添うピアノの響きに包まれる一夜
才人二人が紡ぐ POLISH PIANISM Concert

 近年、日本の音楽ファンの間ではポーランド、中でもピアニストに対する関心が非常に高くなっている。来たる5月にポーランドとピアノ、この2つをテーマにしたコンサートが開催されることになった。題して〈POLISH PIANISM Concert〉。世界の優れたピアニストたちを東京に集める野心的なプロジェクト〈THE PIANO ERA〉のスピンオフ企画で、ポーランド発の傑作を数多くリリースしてきたレーベル〈コアポート〉との共同プロジェクトだ。会題も、2017年にコアポートからリリースされたコンピレーションCD(筆者選曲)から採られている。演者として選ばれたのは、スワヴェク・ヤスクウケと横山起朗だ。

 ヤスクウケは、日本のファンのポーランド・ジャズへの注目を一気に高めた功労者と言えるだろう。キャリアの初期、ゼロ年代の演奏では筋肉質なタッチでゴツゴツとしたアプローチが前面に出ており、若者らしい血気盛んなピアニストというイメージだったが、転機となったのは『モーメンツ』と『Sea』という2枚のソロピアノ・アルバムだ。母の死とその後の喪失感が裏のテーマになっているという『モーメンツ』は抒情的な楽曲とスタインウェイによるエモーショナルな演奏で、オーソドックスなソロピアノの傑作となっている。

 続く『Sea』は自宅の作業室内にあるアップライトを弾き、2本のマイクとポータブル・レコーダーによるローファイな録音環境、ハンマーフェルトのセンシティヴなコントロールによって生み出された。プレイング・ノイズを芸術の域に高めた幻想的なサウンドが大きな注目の的に。この『Sea』が『モーメンツ』に先んじてコアポートからリリースされたことにより、日本でのヤスクウケやポーランドのジャズ・シーンに対する関心が飛躍的に高まった。

 ヤスクウケの探求はとどまるところを知らず、世界に2台しかないマルムシュー社のグランドピアノやモジュレーターの使用に調律のピッチの変更など、ソロピアノではアルバムごとに異なる音響とピアニズムを提供する一方で、複雑なコンセプトと構成力が魅力のアンサンブル・ジャズ『コメダ(RECOMPOSED)』では優れたジャズ・ミュージシャンとしての側面も披露してくれた。それらのほとんどがコアポートから国内リリースされており、今では同レーベルの看板アーティストの一人になっている。

 対する横山起朗はヤスクウケの10歳下、1989年生まれの若手コンポーザー・ピアニスト。武蔵野音楽大学を卒業後ポーランドのワルシャワにある国立ショパン音楽大学に留学し、同国の著名なアーティスト、アンナ・マリア・ヨペクも師事した教授らから学んだ。彼の音楽の魅力は、静寂の中にそっと音のさざ波が起きるような繊細なサウンドだ。故郷の宮崎市、東京、ワルシャワを活動拠点とする彼の音楽には、日本人の感性が捉えた〈POLISH PIANISM〉があふれている。

 デビュー作の『Solo Piano 01:61』では愛らしいメロディの楽曲が多かったが、『SHE WAS THE SEA』『moonless』『If You Were Closer』と作品を経るごとに旋律は背景のような存在になりつつあり、横山の探求心のフォーカスがピアノが生む響きの奥にある深みや、それが呼び起こす感情の微妙な動きに集まっていることが感じ取れる。そうした音楽性は、横山という個人の中の〈音楽以外〉の部分も密接に関わっている。自作の詩や写真も掲載するフォトブック仕様のデビュー作から一貫して言葉やヴィジュアル・アートへのこだわりを見せており、フォトグラファーでデザイナーの山口明宏ら他ジャンル・クリエイターとのコラボも盛んだ。ひそやかで奥ゆかしい響きの奥に、彼個人のバックグラウンドが活かされた豊かなストーリーが息づいているのが横山のピアニズムの特徴だろう。

 手法に違いはあってもこの二人のピアニストに共通するのは、日常にそっと寄り添ってくれるような音楽になっているところかもしれない。彼らの演奏は、聴衆を非日常の音楽の世界に連れて行くのではなく、音楽の外側との境界線をほどき会場を日常の延長線上にある空間に変えるだろう。才能に満ちたコンポーザー・ピアニスト2人が演出するPOLISH PIANISMの一夜が、数ヶ月後に待っている。

 


スワヴェク・ヤスクウケ(Sławek Jaskułke)
1979年生まれ、ポーランド・プツク出身。ジャズ・ピアニスト/コンポーザー。ズビグニェフ・ナミスウォフスキに見出されプロキャリアをスタート。自身のピアノ・トリオやショパンのカヴァー・プロジェクトなど、多彩な活動を展開。ピンク・フロイトの初期アルバムにも参加。映画音楽やモダン・クラシカルの仕事にも携わる。

横山起朗 (Tatsuro Yokoyama)
武蔵野音楽大学を卒業後、ポーランド国立ショパン音楽大学にてピアノを学ぶ。現在は宮崎、東京、ポーランドを拠点に演奏活動を行い、CMやテレビ番組等へ楽曲の制作、ラジオパーソナリティなど、日本と海外を行き来し幅広く活動。2022年にピアノ作品集『If You Were Closer』をリリース。

 


LIVE INFORMATION
CORE PORT × THE PIANO ERA spin-off
POLISH PIANISM Concert

2023年5月13日(土)東京・都立大学 めぐろパーシモンホール 大ホール
開場/開演:16:30/17:30
出演:スワヴェク・ヤスクウケ/横山起朗(ピアノ)
http://www.thepianoera.com/