
RCサクセションが88年8月15日に発表したカバーアルバム『COVERS』と、同年12月16日にリリースしたライブアルバム『コブラの悩み』。伝説的な名盤2作が、タワーレコードの企画でアナログ盤として2023年3月22日(水)に復刻される。
35年ぶりにレコードで再登場するこの2作といえば、政治的なメッセージだけでなく、『COVERS』の発売中止騒動をはじめ、忌野清志郎とバンドの激動、苦難と切っても切り離せない。この時期の出来事は、清志郎やRC、あるいは日本の音楽業界のみならず、日本社会全体を議論に巻き込んだ大きなものであり、2023年の現在も鋭い問いをつきつけてくる。
今回はそんな2作のリイシューを記念して、東芝EMIの宣伝担当として当時のRCと清志郎をすぐそばで目撃していた高橋Rock Me Babyに、タワーレコード新宿店の副店長・村越辰哉がアルバムの背景から当時の社会状況、バンドの音楽的なトライまで、さまざまなトピックについてじっくりと訊いた(なお、この記事は、忌野清志郎ファンクラブの会報誌「どんちゃん画報」に掲載されたものの〈濃縮版〉になっている)。

清志郎のデモテープと横浜ベイサイドクラブでの伝説的ライブ
――『COVERS』の制作はいつ、どこから始まったのでしょうか? 清志郎さんが近藤(雅信/東芝EMI、当時の宣伝担当)さんに送ったというカセットテープですか?
「『MARVY』(88年2月25日)の頃じゃないでしょうか。近藤さんは当時、清志郎さんと非常に信頼関係が強かったんです。
それで、清志郎さんがご自宅で録った弾き語りのテープをいろんな人に聴かせていたら、近藤さんが〈すごくいいのでアルバムにしましょう!〉と伝えて、清志郎さんは〈そう言ってくれたのは近藤だけだよ(笑)〉と返したそうです」
――なるほど。
「それと、横浜のベイサイドクラブという大型クラブで、東芝EMIがショーケースライブをやったんですね。最後にサプライズゲストで清志郎さんが出て、珍しいエレキの弾き語りをやった。〈今、RCサクセションが新しいアルバムのレコーディングをしているのに、宣伝の近藤に連れられて来ました〉というようなMCをしていましたね(笑)。当時凝っていたベンチャーズの“Pipeline”を弾いたあと、“ラヴ・ミー・テンダー”と“サン・トワ・マミー”、ちわきまゆみさんを呼び込んで“コール・ミー”をやったんです。“ラヴ・ミー・テンダー”は初めて聴いたので、驚いてしまって。伝説のライブでしたね。
また、88年に渋谷公会堂での〈THE COVER SPECIAL〉にジョニー・サンダースが出演して、そこで清志郎さんと意気投合して、帰りに原宿クロコダイルへTEARDROPSのライブに行ったんです。それで、レコーディングもしようという話になりました」
――高橋さんが関わるようになったのは、いつですか?
「すでに手伝っていて、ベイサイドクラブへ行くバスの添乗員をしていました(笑)。
『COVERS』は当初6月にリリースする予定だったので、もう録音していないと間に合わなかったはず。清志郎さんとしては、オリジナルでやろうとするので時間かかってしまうから、カバーアルバムを作ればいいんだという発想で(笑)。それで、ゲストを入れることになり、周囲の人たちに連絡したんです」
――『COVERS』の制作は和気あいあいとしていて、怒りモードではなかったと聞きますね。
「RCは『ハートのエース』(85年)のときに曲のストックが切れて、新曲が出来なかったそうです。
売れなかった頃は、貧乏や学歴社会、ロックを否定する大人など、さまざまな敵がいて、それにフォーカスして曲が書けたわけですよね。世間に受け入れられない若者の代弁者として、〈自分の人生を生きるんだ〉という歌を作れた。
でも、RCはとてつもなく大きな成功をしてしまって、セレブリティになってしまった。フォロワーが生まれ、周囲やバンド内の力学が変わり、清志郎さんは“い・け・な・いルージュマジック”(82年)のヒットやテレビ、CMへの出演でお茶の間でも有名になりました。そうなると、バンドの練習時間が少なくなり、バラバラになり……。だけど、『the TEARS OF a CLOWN』(86年)を聴けばわかるとおり、それでも抜群の演奏ができてしまうバンドだったんです。
ただ、メンバーとの軋轢が激しくなってしまって、それが決定的になったのは(忌野清志郎のソロアルバム)『RAZOR SHARP』(87年)だったと思います」
――苦しい状況ですね……。
「リンコ(小林和生)さんと(破廉)ケンチさんと3人でRCを始めたときは、近所の友だちどうしで成り立っていたんです。
それが、清志郎さんは、高校卒業後にCHABO(仲井戸麗市)さんと出会って、セッションドラマーとして活躍していた新井田(耕造)さんをバンドに誘い、gee2woを加えて、RCは5人のバンドになった。各人のちがいがバンドの個性になっていたぶん、心がズレると複雑になってしまうんだと思います」
――なるほど。
「そんなとき、79年のスリーマイル島の原発事故が起こった。それに反応して、ジャクソン・ブラウンやグラハム・ナッシュなどが〈ノー・ニュークス〉のコンサートをやったんです。日本では、浜田省吾さんが環境汚染問題を歌詞に織り込んだ“僕と彼女と週末に”を82年に出していますね。
そして、86年にチェルノブイリの事故が起こりましたが、日本は88年からバブル景気になって国際社会から隔絶したかのように浮かれていました。清志郎さんは、それに気づいたんだと思います。トップスターの枠からはみ出したかったこともあり、問題提起することで新しい〈仮想敵国〉が出来る。それには、カバーのほうが表現しやすかったんだと思います」
――“ラヴ・ミー・テンダー”は象徴的ですよね。
「ええ。ただ、“どろだらけの海”や“言論の自由”など、デビュー時からああいうことは歌っていました。ご本人に訊くと、〈あの頃はああいうのを歌うのが時代の流れだったんだよ〉と言うんですけど(笑)。
〈歌詞に意味なんかない、意味なんかどうでもいいんだよ〉とも、ずっと言っていましたね。80年のインタビューで歌詞について訊かれたときは、〈大切なのは言葉のリズムだ〉と言っていました。なので、“ラヴ・ミー・テンダー”の〈何言ってんだ〉とかは、すぐに出来たんだと思います」
――〈世界中バラバラ〉(“バラバラ”)と歌ってみたらそこからどんどん膨らませられる、言葉遊びのセンスですよね。
「それと、『COVERS』は、流行りものを聴いている中学生でもわかるような内容だったのが大きかった。
もうひとつ大きかったのは、当時の人気アーティストたちがRCへのリスペクトを公言していたこと。タイミングとしてバッチリだったんです」

“明日なき世界”と“風に吹かれて”のつながり
――でも、『COVERS』の制作にメンバーはあまり乗っていなかった……?
「清志郎さんがリーダーで作ったと言っていいと思います。(山口)冨士夫さんやジョニー・サンダースの参加も、よかったと思いますね」
――いいバランスですよね。
「当時の清志郎さんは、ソウルやブルースについては語っていたのですが、ロックやポップスのルーツは表に出さなかった。『COVERS』には、そのルーツが感じられます。
たとえば、“明日なき世界”は、まるでオリジナルのようにフィットしている。原曲はP.F.スローンで、65年にバリー・マクガイアが歌ってヒットした曲ですね。それを関西フォークの高石ともやさんが日本語訳して歌っていてましたが、アティテュードはロックそのものでした。
P.F.スローンはボブ・ディランの“風に吹かれて”にインスピレーションを受けてこの曲を書いたそうで、ベトナム戦争中にアメリカの歌い手たちが感じたことを歌っていたのを思うと、清志郎さんの姿も重なります。それが日本に受け継がれ、初期のRCもそのなかにいましたから。
『COVERS』は1曲目に“明日なき世界”、2曲目に“風に吹かれて”が置かれていますが、清志郎さんはこの2曲のつながりをご存知だったんだと思います。
あとで知ったのですが、ジョニー・サンダースも87年のライブでこの曲をカバーしていたそうです。『COVERS』にはジョニーの声を入れていますし、同時期に2人がこの曲にアクセスして録音作品に結実させたのは、ロックの重要な伝説です」
――そうですね。
「そして、この頃のRCの作品は元祖オルタナバンドとしての色が特に出ているサウンドで、時代に合っていた。ローリング・ストーンズ風に聴かせるのですが、ロックンロールだけに終始しない音楽性なんです」

バブル真っ只中の日本、3.11まで届かなかったメッセージ
――しかし、『COVERS』は、6月に発売中止されることが発表されます。
「発売中止になったとき、原子力発電はそんなに大変なものなんだと初めて知りました。当時はバブル真っ只中で、社会的な事件より狂乱の世界のほうが勝っていましたから。海外のアーティストが〈ノー・ニュークス〉と叫んでも届かなかったんです」
――僕がRCを聴き始めたのがちょうどその頃で、記憶に強く残っています。
「発売中止は僕が東芝EMIに入る直前ぐらいの出来事ですが、放送禁止などはそれまでにもあったので大きな衝撃はなかったんです。ただ、中止の理由がわからなかった。〈原発って、そんなに悪いものなのかな?〉と。僕たちの少年時代、原子力は未来のエネルギーだと刷り込まれていた気がしますし。
そして、中止の理由がわかると、ロックに関わる多くの人々がその問題を考えた。それまで原子力が大変なリスクを孕んでいることは知られていなくて、リアリティがなかったんです。
黒柳徹子さんは、そのことを言葉にされていましたね。武道館での清志郎さんのトリビュートライブ(2011年)で、〈私たちはあのとき、あなたの話をもっとちゃんと聞いていればよかった〉とコメントされていたんです。『COVERS』を象徴していますよね。
その後、発売中止が新聞やテレビのニュースに取り上げられ、清志郎さんが有名人だったことと原子力という巨大エネルギーの問題がぶつかって、大事件になってしまった」
――清志郎さんが表紙の「ロッキング・オン・ジャパン」の88年7月号には、〈どうして、今、反戦反核なのか〉と打ち出されていますね。
「そのインタビューで清志郎さんは〈自分の作品を弾圧された〉と語っていて、〈弾圧〉という言葉を使っていたのが印象的でした。
あと、『GB』の別冊だったと思いますが、北中正和さんが『COVERS』に言及した原稿が載っていて、あの記事が経緯や背景をちゃんと追ったものだと思います。こういう題材は、日本の音楽メディアにとって初めてのものでした」
――発売中止の広告についても、教えてもらえますか?
「石坂(敬一/東芝EMI、当時の統括本部長)さんが清志郎さんをホテルオークラに呼んで〈このアルバムは出せない〉という話をしたとき、清志郎さんは灰皿を投げたことになっていますが、実際は投げていません。
それで、清志郎さんは、発売中止について〈素晴らしすぎて発売出来ません〉という広告を新聞に出してほしいと言ったと。近藤さんがすぐに枠を押さえようとしたのですが、いっぱいで大きなスペースを押さえられなかったので、あの小さなサイズになってしまって。それが逆にミステリアスさを醸し出して、大ニュースになった。
それと、『COVERS』がキティからリリースされたあと、佐野元春さんが“警告どおり 計画どおり”を出しているんですね」
――『COVERS』のリリースの3日後、8月18日ですね。
「その後、THE BLUE HEARTSが“チェルノブイリ”という曲を出すんです。この3作は衝撃的でした。
しかし、それ以降、『COVERS』はアルバムの本質とちがう方向に転がり、RCは〈反原発ロック〉なんて名付けられてしまって、清志郎さんは反逆の象徴になり、プロテストソングを多く歌うようになって、その年の野音も全然ちがうものになってしまった……」

ポップなレコード『COVERS』が理解されず反逆者になってしまった
――野音のライブは8月13、14日ですね。
「夏の野音って、お祭り的なところがあったのに……。それが、変な意味を持ってしまったんです」
――セットリストはどうでした? 『コブラの悩み』の収録曲は一部ですよね?
「正直、あまりいいセットリストじゃなかったですね……。はっきりしたメッセージがあったとは、僕には思えなかった。
これは難しいところで、清志郎さんはトップスターだから、どんな表現もポップにできるんです。さらに、スタッフの生活を背負っているので、商売にしなきゃいけない。でも、スベってしまった。
それより、このときのライブは、ポップで偉大なバンドによるミラクルなロックンロールショーではなくなってしまっていたのが残念でした。翌年(89年)の野音は、そういうにおいを消した素晴らしいロックンロールショーに戻っていて、僕が体験したRCのライブのなかでもベストに入る内容でした」
――〈LOVE ME LIVE TOUR 1988〉(12月5~25日)はどうでした?
「事件のにおいは残っていたと思いますし、全体的に暗いトーンだと感じました。『COVERS』は、あんなにポップなレコードなのに……。
こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、RCって真面目なメッセージをドカンと投げるようなバンドじゃなくて、それを別のところにバウンドさせて届かせるセンスがあったのに、ストレートに権力に立ち向かう社会派に仕立て上げられてしまったんです」
――ファンは、活動家になってほしいわけではないですよね。
「THE TIMERSはパロディだと打ち出していたのでまだよかったのですが、『COVERS』の発売中止と夜ヒット(夜のヒットスタジオ)事件※のおかげで音楽的なイメージが吹っ飛んでしまったのが残念でした。
2016年の兵庫慎二さんによるインタビューでCHABOさんが、RCは大メジャーでもなければでもマイナーでもないおもしろいバンドだったと語ってましたが、僕もそこが好きでした。が、そのおもしろさが理解されなくなってしまった。
社会派の一面があるおかげでRCはいまもいい位置にいられていると思いますが、ソングライティングについてももっと語られてほしい。『COVERS』だって、新しいソングライティングを提示しているのに」

替え歌ソングライティングのパイオニア
――替え歌というソングライティングですね(笑)。
「清志郎さんって、海外のポップスに日本語が付けられたものが好きだったんだと思います。先ほどの高石さんの“明日なき世界”や越路吹雪さんの“ラストダンスは私に”、中尾ミエさんの“可愛いベイビー”、弘田三枝子さんの“夢見るシャンソン人形”など、昔は素晴らしい作品があって、“シークレット・エージェント・マン”にはそのムードを感じます。シャンソンの“サン・トワ・マミー”やレインボウズの“バラバラ”のカバーも秀逸です」
――“ラヴ・ミー・テンダー”もそうですよね。
「THE TIMERSの“デイ・ドリーム・ビリーバー”だって、元の歌詞をべースにしていますが、まるでオリジナルのようです」
――原曲に沿った歌詞の曲もありますが、“サマータイム・ブルース”などは歌詞をガラッと変えています。このいたずらっ気、ユーモアがおもしろいですね。
「CHABOさんは、90年のライブでキンクスの“All Day And All Of The Night”に日本語詞を付けてカバーしていました。
発明とまでは言いませんが、このソングライティングはRCが日本のロックにおけるパイオニアだと思います。洋楽からのインスピレーションを昇華させるセンスが絶妙だったんです」

奇才チャールズ・ハロウェルとの出会いが生んだオルタナサウンド
――〈RCサクセションの忌野清志郎〉とその後のソロは、またちがいますよね。
「RCでは、エンターテインメント性を追求したんだと思います。RCはあくまでもバンドで、メンバーの個性が合わさるのが最大の魅力でした。清志郎さんはバンド内で1/3、あるいは1/5の存在で、それがみずから〈バンドマン〉と名乗ることに繋がっている。
CHABOさんは、バンドのなかにソングライターが2人以上いるのは難しい、と松村雄策さんとの対談でおっしゃっていました。特に、自分でソロアルバムを作ってから難しくなってしまったと」
――CHABOさんにはCHABOさんの美学や哲学がありますからね。
「清志郎さんのソングライティングって、リスナーの考える余地を空けておくので、自分もそこに参加できるんです。
そういう清志郎さんの個性とCHABOさんの美学が最高の形でハマったのは、“ハイウェイのお月様”だと思います」
――“ハイウェイのお月様”、名曲ですね! もうひとつの“スローバラード”とも言える世界が素敵です。
「なので、はっぴいえんどやシュガー・ベイブのように、RCもソングライティングや音楽面を掘り下げてほしいんです。
『COVERS』は、エンジニアのチャールズ・ハロウェルと一緒にやりはじめた頃の作品で、すごくいいと思いますし」
――そうですね。
「チャールズとは、ケミストリーが起こっていると思います。彼はABCなどのニューウェーブ系やPIL、サイケデリック・ファーズにも関わっていたエンジニアです。有名どころではパワー・ステーションのドラムの音を作ったと言われていて、ペイル・ファウンテンズのサードアルバムにも取りかかっていたそうですね。
彼は、トッパー・ヒードンのソロ作を担当していて、その流れで『RAZOR SHARP』を担当することになりました。チャールズの音って、ネオアコにも繋がる独特のオルタナな音ですよね。彼は音をいっぱい入れるのが好きだったようですが、清志郎さんはとにかく〈消せ消せ〉と言っていて、それで〈erase〉という英語を覚えたそうです(笑)。
『RAZOR SHARP』から『MARVY』、『COVERS』、『コブラの悩み』、『THE TIMERS』(89年11月8日)まで、清志郎さんとチャールズの仕事を追うと、相当おもしろいんですよ。日本人音楽家としてのアイデンティティを確立させた清志郎さんと英国のシーンからはみ出した奇才の出会いが生んだ、オルタナサウンドなんです」
――それは新鮮な視点ですね!
「アメリカ人やロック系エンジニアだったら、これほどリバーブ感のある音にならず、重厚になっていたかもしれませんが、楽しめるものになったかはわかりません。ヘビーなことを歌ってもチャーミングにやるRCの魅力に、チャールズの音はぴったりでした。
RCは、レコーディングバンドとしてすごくトライをしているんです。〈レコードよりライブのほうがいい〉と言われていましたが、そんなことはないですね」

あのときの野音を表わした録音作品『コブラの悩み』
――『コブラの悩み』についてはいかがですか?
「独自の演奏ですよね。『TEARS』と同じバンドとは思えません。
たとえば、“言論の自由”なんて、リズムやボーカルが細かくアレンジされている。“ヘルプ!”なんて、(金子)マリさんのような個性的な声の方が清志郎さんの歌を際立たせていて、いいボーカリストはいいコーラスができるのがよくわかります」
――この時期の編成、僕は好きですね!
「ザ・バンドのカバー“アイ・シャル・ビー・リリースト”は、このアルバムを代表する曲ですよね。詞も卓越していて、今日初めてロックを聴いた人でも一発でわかるような素晴らしさです。
“明日なき世界”では〈リンダリンダリンダ〉と歌われていますが、これはステージ上に甲本ヒロトさんと真島昌利さんがいたから。
“あきれて物も言えない”は『PLEASE』(80年)の収録曲で異色ですが、これはもともとアルバート・キングの“悪い星の下に”をベースにしているんだと思います。だから、“悪い星の下に”を収録した『COVERS』の次作にこの曲が入っているのは、つながりが感じられて好きですね」
――なるほど!
「90年の月刊『PLAYBOY』のインタビューで、清志郎さんが〈アルバート・キングの“悪い星の下に”を聴いていいなと思える自分でよかったです〉と言っていて、深い言葉だと思いました。それくらい好きだったんでしょう。
それと、〈サイケデリック〉もテーマだったように感じます。『Baby #1』(2010年)の原型となる88~89年のLAでのセッションも、サイケデリックブルースロックでした。この頃、清志郎さんは、いつもサイケなパンツを履いていましたし(笑)。
そういえば、清志郎さんは当時、ウォーターホーンが好きで持ち歩いていました。中に水が入っている楽器で、棒状のホーンを弓で弾くと〈ワンワンワン〉という音が鳴るものですね。武道館のライブでは“君を呼んだのに”のイントロにその音を入れて、サイケな効果を生み出していましたね」
――それにしても、変わった魅力が随所にあるライブ盤ですよね。
「ただ、ライブだけじゃない。A面の最後(“からすの赤ちゃん”)とB面の最後(“君はLOVE ME TENDERを聴いたか?(スペシャル・ショート・バージョン)”)にテラ・スタジオで録ったスタジオ録音が入っています。売り物にするには、相当マニアックなアルバムだと思いますね(笑)。
でも、あのときの野音を表わすなら、これしかない。他の曲を入れてしまうと普通のライブドキュメンタリーになって、雰囲気がわからなくなってしまいますから。ライブアルバムというより、レコーディング作品としていい選曲です」
――いい切り取り方をしていますよね。
「ええ。そして、『COVERS』と『コブラ』、『THE TIMERS』のアートワークは、当時アイコンというチームに所属していたデザイナーのリチャード・エヴァンズが手がけていて、非常に象徴的なものになっています。『COVERS』も『コブラ』もいいジャケットなのですが、CDだとわかりづらい。でも、LPは大きなジャケットで楽しめるのがいいですね」
――そうですね。ぜひ、LPを手に入れてほしいです。本日は貴重なお話をありがとうございました!

RELEASE INFORMATION
リリース日:2023年3月22日(水)
品番:PROT-7231
仕様:重量盤(180g)LPレコード/33 1/3 rpm/ステレオ/オリジナルマスターから2023年カッティング/ダブルジャケット仕様
価格:4,180円(税込)
カッティングエンジニア:武沢茂(日本コロムビア株式会社)
完全限定生産
TRACKLIST
Side 1
1. 明日なき世界 EVE OF DESTRUCTION(作詞・作曲:Philip Gary Sloan 日本語詞:高石友也/忌野清志郎)(オリジナル:Barry McGuire)
2. 風に吹かれて BLOWIN’ IN THE WIND(作詞・作曲:Bob Dylan 日本語詞:忌野清志郎)(オリジナル:Bob Dylan)
3. バラバラ BALLA BALLA(作詞・作曲:Horst & Klaus Lippok 日本語詞:忌野清志郎/仲井戸麗市)(オリジナル:The Rainbows)
4. シークレット・エージェント・マン SECRET AGENT MAN(作詞・作曲:Philip Gary Sloan/Steve Barri 日本語詞:忌野清志郎/仲井戸麗市)(オリジナル:Johnny Rivers)
5. ラヴ・ミー・テンダー LOVE ME TENDER(作詞・作曲:Elvis Presley/Vera Matson 日本語詞:忌野清志郎)(オリジナル:Elvis Presley)
6. 黒くぬれ! PAINT IT BLACK(作詞・作曲:Mick Jagger/Keith Richards 日本語詞:忌野清志郎)(オリジナル:The Rolling Stones)
Side 2
1. サマータイム・ブルース SUMMERTIME BLUES(作詞・作曲:Eddie Cochran / Jerry Capehart 日本語詞:忌野清志郎)(オリジナル:Eddie Cochran)
2. マネー MONEY(作詞・作曲: Berry Gordy Jr. / Janie Bradford 日本語詞:忌野清志郎/仲井戸麗市)(オリジナル:Barrett Strong / Money (That’s What I Want))
3. サン・トワ・マ・ミー Sans Toi M’amie(作詞・作曲:Salvatore Adamo 日本語詞:岩谷時子 補作詞:忌野清志郎)(オリジナル:Salvatore Adamo)
4. 悪い星の下に BORN UNDER A BAD SIGN(作詞・作曲:William Bell/Booker T Jones 日本語詞:忌野清志郎)(オリジナル:Albert King)
5. イマジン IMAGINE(作詞・作曲:John Lennon / Yoko Ono 日本語詞:忌野清志郎)(オリジナル:John Lennon)
リリース日:2023年3月22日(水)
品番:PROT-7232
仕様:重量盤(180g)LPレコード/33 1/3 r.p.m./ステレオ/オリジナルマスターから2023年カッティング
価格:4,180円(税込)
カッティングエンジニア:武沢茂(日本コロムビア株式会社)
完全限定生産
TRACKLIST
Side 1
1. アイ・シャル・ビー・リリースト I SHALL BE RELEASED(作詞・作曲:Bob Dylan 日本語詞:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)(オリジナル:The Band)
2. 言論の自由 FREEDOM OF SPEECH(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一 編曲:RCサクセション)
3. コール・ミー CALL ME(作詞・作曲:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)
4. ヘルプ! HELP!(作詞・作曲:John Lennon / Paul McCartney 日本語詞:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)(オリジナル:The Beatles)
5. 明日なき世界 EVE OF DESTRUCTION(作詞:作曲:Philip Gary Sloan 日本語詞:高石友也/忌野清志郎 編曲:RCサクセション)(オリジナル:Barry McGuire)
6. からすの赤ちゃん CROW’S BABY(作詞・作曲:海沼實 編曲:RCサクセション)
Side 2
1. 軽薄なジャーナリスト FRIVOLOUS JOURNALIST(作詞・作曲:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)
2. 心配させないで… DON’T MAKE ME WORRY...(作詞・作曲:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)
3. パラダイス GET TO PARADISE(作詞・作曲:石田長生 編曲:RCサクセション)(オリジナル:金子マリ)
4. 俺は電気 I’M ELECTRIC(作詞・作曲:Bill Nelson 補作詞:仲井戸麗市 編曲:RCサクセション)(オリジナル:Bill Nelson’s Red Noise / Don’t Touch Me I’m Electric)
5. あきれて物も言えない FEEL UTTERLY SCANDALIZED(作詞・作曲:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)
6. 君はLOVE ME TENDERを聴いたか? HAVE YOU EVER HEARD MY “LOVE ME TENDER”(SPECIAL SHORT VERSION)(作詞・作曲:忌野清志郎 編曲:RCサクセション)


