言語の壁を超えるikuraの歌唱表現
こうした曲構成について、内包している文脈の多さとその扱い方の上手さは切り分けて吟味されるべきだし、以上のように楽曲から読み取れるからといって作曲者自身が実際に意識しているとも限らない。しかし、これらの文脈の多さが様々なリスナー層へのアピールポイントになっているのは間違いないし、YOASOBIの公式TikTokアカウントにて“アイドル”のサビだけでなく複数のパートを配信しているのはそうした構造にそのまま対応している証拠でもある。
このような目まぐるしい曲構成自体はYOASOBIが最初に確立したものではなく、Spotifyが5月9日に立ち上げたプレイリスト〈Gacha Pop〉にまとめられているように、2010年代以降の日本のポピュラー音楽シーンで脈々と築き上げられてきたものなのだが、それをここまで明確な〈武器〉にしたのは稀だろう。そしてその背景には、ハイパーポップ的な音像が2010年代後半から普及したことで、こうした音楽性が受容される準備が世界的になされてきた(〈Gacha Pop〉的な音が〈ガラパゴス〉なものではなくなってきた)状況がある。Ayaseが今年の年始に強く意識したというNewJeansも、こうした多展開型ポップスの成功例のひとつと言えるだろう。“アイドル”の世界的ヒットは、このような音楽的潮流に後押しされたものでもあるように思われる。
以上をふまえて重要なのが、ボーカルを務めるikuraの優れた歌唱表現だろう。YOASOBIの他の曲を聴いてもわかるように、ikuraのボーカルは感情的な様子をあまり前面へと出さないにも拘わらず、不思議と表情豊かでニュアンスに富んでいる。“アイドル”ではこうした歌い方が実によくはまっていて、楽曲の展開の多さに寄り添いつつ、過剰に声色を変えない歌い回しによって目まぐるしい曲調に優れたまとまりを与えている。つまり“アイドル”でのikuraの歌声には、先述のような文脈のいずれにも合う白米のような存在感があり、テンションの起伏を整え、心地よい範囲で明確にするコンプレッサーのような効果も生まれているのだ。
さらに、“アイドル”の歌詞は前半と後半で語り手が変わるのだが、曲のテーマに見合ったあざとい歌い回しを採用しつつ、それを自然にこなせてしまうのが凄い。こうしたikuraの歌の良さがあるからこそ、言語の壁を超えて聴かれているという面もあるのだろう。このような表現設計ができているのも“アイドル”の強みではないかと思われる。
様々な文脈に連なる感情の回路を刺激し、ひと所に留まらず突き進んでいくような“アイドル”の曲構成は、音楽性よりも演者自身の存在感が印象に残ることを重視するアイドルソングの混沌とした在り方をよく体現している。また、その演者自身の存在感を強く示せる(それでいてトゥーマッチな主張はせずにいられる)ikuraのボーカルは、そうした在り方に非常によく合っている。
個々の構成要素についての是非はあるが、総合的なプロダクトとしては極めてよくできた楽曲であり、だからこそ大きな反響を呼んでいるのだ。“アイドル”が今後のシーンにどんな影響をもたらすことになるか、とても興味深いところである。
RELEASE INFORMATION
■CD
リリース日:2023年6月21日(水)
品番:XSCL-73
仕様:CD 1枚+7inchレコードサイズ紙ジャケット+ポスター型ブックレット(赤坂アカ書き下ろし“アイドル”原作小説「45510」収録)
価格:2,200円(税込)
完全生産限定盤 ※数量限定
TRACKLIST
1. アイドル
2. Idol ※“アイドル”英語版
3. アイドル - Anime Edit –
4. アイドル - Instrumental –
■アナログ盤


リリース日:2023年7月26日(水)
品番:XSKL-2
仕様:7inchアナログレコード1枚/紙ジャケット/ポスター型ブックレット(赤坂アカ書き下ろし“アイドル”原作小説「45510」収録)
特典:オリジナルステッカー
価格:2,750円(税込)
完全生産限定盤 ※数量限定
TRACKLIST
Side A
アイドル
Idol ※「アイドル」英語版
Side B
アイドル - Anime Edit -
アイドル - Instrumental –
■配信

“アイドル”
リリース日:2023年4月12日(水)
配信URL:https://orcd.co/yoasobi_

“Idol” ※“アイドル”英語版
リリース日:2023年5月26日(金)
配信URL:https://orcd.co/yoasobi_idol_eng
赤坂アカ書き下ろし YOASOBI“アイドル”原作小説「45510」:https://youngjump.jp/oshinoko/novel_45510/