タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さん。マスメディアやWeb媒体などにも登場し、洋楽から邦楽、歌謡曲からオルタナティブ、オールディーズからアニソンまで横断する幅広い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら音楽に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもあります。
つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで始まったのが、連載〈パノラマ音楽奇談〉です。第19回は、前回に引き続きロック/ポップスに登場する日本文学について綴ってもらいました。 *Mikiki編集部
続・ロック/ポップスに登場する日本文学
今回も引きつづき〈ロック/ポップスに登場する日本文学〉というテーマでお送りします。曲名や歌詞などに具体的な文学作品や作者名などが引用されているケースや、特定の作家への影響を公言しているアーティストたちを、なるべく時系列に沿った形で紹介していこうという趣旨です。なお、このテーマと内容は昨年11月にTOKYO FM「THE TRAD」という番組にゲスト出演した際に語ったことを土台に、
80年代メジャーシーンで日本文学とポップスを結びつけた松本隆
前回はニューウェイブと異端文学の関連について触れましたが、一方で1980年代のメジャーシーンはどうだったのかというと、それはもう松本隆の存在抜きには語れません。先述したようにはっぴいえんどのポエティックな側面を担っていた松本は、グループ解散後に職業作詞家へと転向します。そんな彼の文学青年気質が最も直球に表われた曲といえば、松田聖子の7枚目のシングルでオリコンチャート1位を獲得した“風立ちぬ”に他ならないでしょう。
高原とサナトリウムを舞台に婚約者の死を静謐に描いた堀辰雄の同名小説からタイトルを借用した曲ですが、歌詞も(男女の立場が逆ながら)恋人との別離を乗り越えていくような内容なので、かなり小説の内容を意識しているはずです。さらに〈ようやく堀辰雄、立原道造の世界を歌える歌手に巡り会えた〉と松本自身が語っていることからも、歌謡曲の文学的アプローチとしては一つのエポックとも言える楽曲だと思います。
アルバム『風立ちぬ』(1981年)には同曲のほかに、稲垣足穂の処女作品集から曲名を取った“一千一秒物語”も収録されています。冒頭からいきなり〈空にペイパームーン/銀のお月様〉というタルホ調のフレーズが飛び出すのが嬉しいところ。
ところで、いま挙げた2曲は共に大滝詠一が作編曲を手掛けています。ご存じのように松本と大滝ははっぴいえんど時代の盟友であり、『風立ちぬ』の約半年前にリリースされた大滝のアルバム『A LONG VACATION』(1981年)でもタッグを組んでいました。その『ロンバケ』には内向の世代を代表する作家の一人、小川国夫の作品中の台詞〈カナリア諸島にいたんだ〉からヒントを得た名曲“カナリア諸島にて”が収録されています。
やはり松本とは旧知の仲である南佳孝の“浮かぶ飛行島”は、海野十三の少年向け空想科学小説(平たくいえば戦前のSF)からタイトルをそのまま頂戴したレトロフューチャーソング。同曲が収録されたアルバム『冒険王』(1984年)は、全編松本の詞による往年の少年小説への郷愁が滲む1枚です。