©Jean-Baptiste Millot

音楽と詩という、いずれも最高の芸術が一体になったのがリートなのです――

 自然な発声と温かみのある音色で、説得力のある、心に訴えかけてくる歌を紡ぐ……。ドイツのバリトン、サミュエル・ハッセルホルンは、赤丸急上昇中の若手スターだ。1990年生まれ、2018年にエリザベート王妃国際コンクールを制覇してスターダムに躍り出た。ウィーン国立歌劇場の専属歌手を務め、オペラでも多くのレパートリーを誇るが、より情熱を注ぐのはリートの分野。この2月には日本で名歌手ワルトラウト・マイヤーと共演、シューベルトからマーラー、ヴォルフまで正統派のレパートリーで聴衆を魅了した。

 「歌を学び始めたのは17歳の時です。リートは18歳から歌い始め、19歳で初めてコンサートを開きました。

 生まれ故郷はゲッティンゲンです。小さな町ですが有名なバッハ研究所もあるし、ヘンデルの音楽祭もある。音楽が身近な環境でした。

 音楽の道を選んだのは自然なことで、両親や誰かに強制されたわけではありません。両親も音楽が好きで、兄たちも私も少年合唱団に入っていました。フットボールもやっていましたが、音楽がより楽しめるものだと気づいたので音楽の道に進んだのです。ハノーヴァーの音楽大学、それからパリで勉強しました。

 少年合唱団にいたので、宗教作品は子供の頃から好きです。バッハのモテットやソロカンタータなど、最高ですね。だから最初はバロック音楽、それからリート、そしてオペラの順に好きになりました。初めの頃オペラがちょっと苦手だったのは、〈僕を見て!〉という類の自己顕示欲があまりないからです(笑)。

 大きなオペラの舞台はフランスのリヨンの歌劇場で踏み、それからウィーン国立歌劇場の専属歌手を2年やりました。専属になると舞台に出る以外にカヴァーも担当しますので、多くの役をマスターしなければなりません。20ほどの役のリストを渡されたのですが、やったことのある役は『ドン・ジョヴァンニ』のマゼットだけだったので大変でした」。

 フランクにキャリアを語ってくれたが、リートの話になると俄然熱が入る。

 「リートの魅力は、詩と音楽の関係にあります。詩が音楽をインスパイアする。〈詩〉も、〈音楽〉も、それぞれが最高の芸術。その2つが一緒になるのですから、芸術作品の最高のものだと言っていいでしょう。

 リートは小さな物語です。長さは数分で、オペラのアリアと同じくらいですが、アリアではそこで時間が止まりますよね。リートは一つの物語を語るのです。短いから、物語を追うのは大変ですが、絵画のように楽しめる。絵画は10秒見れば何かを感じるし、後から見てもまた別の発見がある。それと同じことです」

SAMUEL HASSELHORN 『シューベルト:美しき水車小屋の娘』 Harmonia Mundi/キングインターナショナル(2023)

 2028年はシューベルト没後200年。それに向けて、この秋から〈シューベルト200〉というプロジェクトがスタートする。1年に1枚、合計5枚のCDをリリースする壮大な計画だ。第一弾は“美しき水車小屋の娘”。今年は本作初演200年の年でもある。

 「“水車小屋”は一見ストーリーがあるように見えますが、私には、あれがリアルな物語を語っているとはとても思えません。20曲もあるのに、相手の女性のことはまるでわからない。それこそ絵画の人物のようで、実在の人物とは感じられないのです。リートの物語はあくまで表面的なものであり、裏には全く違う物語、真実の物語が潜んでいるように感じます。いろんな解釈ができる。同じ作品を聴いても、みな違うことを考える。それがリートです。

 思うに、リートというのは〈理解されたくない〉ジャンルなのです。枠にはめられることなく、自分の思うままに感じればいい。解釈は個々に委ねられるし、日によっても違う。そこがリートの魅力なのです」

 パンデミックの間に録音したのも、シューベルトのリート集だった。

 「パンデミックの間に、人々の心を助ける前向きなものを作りたいと思いました。一人の作曲家を取り上げ、よく知られた作品からマイナーなものまで幅広く網羅しようと考えたのです。タイトルは『信仰、希望、愛』ですが、パンデミックの時にこれらが重要なものだと感じたし、それを皆さんに届けたかった」

 


サミュエル・ハッセルホルン(Samuel Hasselhorn)
1990年生まれ。2018年、エリザベート王妃音楽コンクール声楽部門で第1位を獲得し、ウィーン国立歌劇場のアンサンブルのメンバーとして活躍。コンサートのステージでは、ミュンヘンのフィルハーモニー、ヘッシッシャー国立劇場、ブリュッセルのボザールなどに出演。歌曲朗読家として国際的に高く評価され、ヘルムート・ドイチュ、マルコム・マルティノー、アミエル・ブシャケヴィッツなどの有名なピアニストと定期的に共演。ハノーバー音楽・演劇・メディア大学でマリーナ・サンデル教授に、パリ国立高等音楽院でマルコム・ウォーカーに師事し、現在はパトリシア・マキャフリーのヴォーカル指導を受けている。2014年、 2018年にGWKレコーズから『Dichterliebe²』をリリース。現在はハルモニア・ムンディで録音を行っている。