ヴィトマンのカデンツァがベートーヴェンの協奏曲に新たな光を
16歳のときにサー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルとの共演により、ザルツブルク・イースター音楽祭でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏し、一躍話題となったヴェロニカ・エーベルレ。2022年にラトル指揮ロンドン交響楽団とのデビュー録音に選んだのも、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。これはいま注目を集めているイェルク・ヴィトマンのカデンツァが用いられている。
「ベルリン・フィルのメンバーがラトルを紹介してくれ、演奏を聴いていただいて共演が可能になりました。16歳のときはベートーヴェンの協奏曲の真の深さが理解できませんでしたが、徐々に研究と経験を重ね、デビュー録音にもこの曲を選びました。ヴィトマンはベートーヴェンへの愛と情熱が私と同質のものがあり、ぜひカデンツァを書いてほしいと依頼したのです。最初、ベートーヴェンは自分にとって大切なアイドルだから無理と断られましたが、3日後にやってみると電話があり、6週間後には27ページにもおよぶスコアが届きました。超絶技巧が満載ですが、ベートーヴェンの作品に新たな光を投げかけるもので、私ものめり込んでしまいました」
ヴィトマンと何度も話し合い、音を聴いてもらい、満を持して録音に臨んだ。
「各々の楽章にはティンパニやコントラバスなどが登場し、演奏する際は彼らが前に出てきます。ラトルもとても気に入ってくれ、録音は緊張感のなかでも、とてもスムーズに進みました。そしてラトルが、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ハ長調WoO5からの断章のアイデアを出してくれたのです」
これは1790年ころに書かれた曲で259小節のみが残され、補完した形で演奏される場合が多いが、ラトルとエーベルレの考えによりベートーヴェンの書いたままで終わっている。
「オリジナルのままにしたいと考えたからです。ですからスッと消えるように終わります。曲はかろやかで純粋で古典的。のちに偉大な協奏曲が生まれるわけですから、ベートーヴェンの成長の様子が見てとれます」
彼女の演奏は天才的な表現ながら音色は温かく親密的。素顔も自然で飾らず会った人をみな魅了してしまう。偉大な指揮者や演奏家との共演を重ね、いまや弾き振りにも挑戦。1700年製ストラディヴァリウス〈ドラゴネッティ〉が情熱的な響きを生み、聴き手を夢見心地にする。