今どきのトロット歌手の在り方
一口にトロットと言っても、実はいろいろなスタイルがある。哀愁を強調したエレジートロット、8分の12拍子が基本のブルーストロット、ソウルフルなサウンドに仕上げたR&Bトロットなどが代表的な例だ。なかでも2000年代から主流となったのは、軽やかさを重視したセミトロットである。その方面のけん引役を担ったのは、K-POPガールズグループ出身で2009年にソロで登場したホン・ジニョンだろうか。

イム・ヨンウンもセミトロットの魅力を強烈にアピールした歌手の一人である。2016年にデビューした彼は、トロットのオーディション番組への参加を機に一躍スターに。ハートフルな歌声と誠実な人柄で氷川きよしのような人気を手に入れた男性歌手だが、最も評価すべきポイントは、現状に甘んじることなく、自身の可能性を追求し続ける姿勢だ。
それを貫くためには〈ジャンルなど関係ない〉とばかりに、ここ最近の彼は非トロット的なサウンドでヒットを連発しているのが興味深い。近年ではギターポップ風の“London Boy”(2022年)や、きらびやかなEDMチューン“Do Or Die”(2023年)などを発表しているが、こうした〈何でもあり〉なムードを大切にするのが、今どきのトロット歌手の在り方なのだろう。
多様化するトロットの世界
若手の一連の動きは、ベテランにもいい刺激を与えている。1947年生まれのトロット界の大御所、ナ・フナは以前よりも華やかなスタイルにチャレンジ。ダンサブルかつポップな“Change”のミュージックビデオが2022年に公開されるや否や、大きな話題を呼んだことも記憶に新しい。
前述したとおり、現在のトロットは日本で演歌と呼ばれているものとはテイストもスタイルも違う。それは本コラムで十分に理解できたはずだ。少しでも興味を持ったのであれば、迷わずにこの世界に飛び込んでほしい。韓国の大衆音楽の奥深さが分かるだけでなく、隣国に住む人たちの心情も伝わってくるだけに、安易にトロットをスルーしてしまうのは実にもったいない。そこには他にはない魅力がたくさんあるのだ。