いろいろな時代に、様々な詩人によって書かれた古今東西の歌詞が彼の声を纏って歌に再生される。ステージに立てば、客席からの視線にさらされて、様々な思惑が彼に向けられているのを感じる。彼は彼自身の属性を消すために歌手というカテゴリーを念入りに造形し、注意深く管理し始める。聴衆の誕生は歌手の死を招来したのか。しかし彼の時代、状況、社会は彼の立つ場所、舞台に容赦なく侵入して、純粋に歌を紡ごうとする彼を撹乱する。むしろ歌は守られることを拒否しているかのように振る舞い、やがて多義性を受け入れて、矛盾や混沌の中でコントロール・フリークが研いできた美学の刀を錆びつかせる。この本は声の、歌の闘争のエチュード。