情け容赦ないフィッシャーマンが波の谷間に咲かせる命の花は――唯一無二の熱い個性をTHA BLUE HERBがディレクションして完成した最高傑作!
いまならやれる
KMCが通算4枚目のアルバム『I’M A FISHERMAN’S SON... POINT OF NO RETURN』をTHA BLUE HERB RECORDINGS(以下TBHR)からリリースした。もちろんビートは全曲THA BLUE HERB(以下TBH)のO.N.O。この知らせは00年代後半から10年代半ば頃の日本語ラップを通ってきた人にとって大きな驚きだったはずだ。両者の邂逅は意外にも10年以上前まで遡る。
「O.N.Oさんと初めてお会いしたのは〈3.11〉の直後ぐらい。clubasiaの2階でやったライヴを観に来てくれて、終わったあとに〈KMC、マブいぜ〉とだけ言ってどっかに行っちゃったんです(笑)」。
アルバム収録曲“SORRY FOR THA WAIT”で歌われているエピソードだ。KMCは順風満帆とは言えないキャリアを過ごしてきた。漁師の息子として生まれ、パンクとヒップホップにハマって、2005年に静岡から上京。18歳の彼の運命を変えたのは、渋谷のハチ公前で遭遇したサイファーだ。生まれて初めて人前でフリースタイルした。そこにいたのは後にシーンの重要人物になっていくDARTHREIDERをはじめとしたDa.Me.Recordsの面々。そこから一気に交友関係が広がり、2008年にはSTUTSとも出会っている。数年かけて2人で作り溜めた楽曲は初のアルバム『東京WALKING』(2010年)にまとめられた。同作はKMCが思っていたほどのレスポンスを得られなかった。そんな彼が見ていた景色は、新作中の“CLASSICS”で語られている。
「あの頃はヒップホップ、クラブ・ミュージック、パンク、ロックがアンダーグラウンドでぐちゃぐちゃに混ざってた。いわゆるクラシックスの話は誰にでもできるけど、こういうのをクラシックって言えるのは、あちこち直感と出会いに任せてずっと謎の動きをしてた俺だけだろうと思ったんです」。
一方のTBHはその頃すでに確固たる評価を得た孤高の存在だった。2011年といえば、傑作『TOTAL』を制作していた時期。すでに〈フジロック〉をはじめとするフェスの常連となっていた。そんなヒップホップ・グループは他にいなかった。当然KMCもTBHをリスペクトしていた。ゆえにO.N.Oとの出会いは晴天の霹靂だったはずだ。KMCは当時を振り返る。
「〈マブいぜ〉が界隈で話題になって、O.N.Oさんがasiaに来るとスタッフから〈今日いるよ〉って自分に連絡が来るようになったんです(笑)。〈俺なんか相手にされないだろう〉と思ってたけど、友達に背中を押されて声をかけたら〈一緒に曲を作ろう〉と言ってくれたんです。すぐにトラックを送ってもらったのに、俺はリリックを書くのに3年もかかってしまった。実はその頃から一緒にアルバムを作ろうみたいな話は出ていたんです。でもチャレンジする勇気がなかった」。
O.N.Oと初めて制作した“Singin’ The Rain”は2015年の2作目『KMC! KMC! KMC!』に収録されている。再起をかけた作品だったが5年のブランクは決して短いものではなく、気合と努力はまたも空回りとなった。そんな過去を今作で〈必死になる悪あがき/そして時代は変わる/俺はただの置き去り〉(“SORRY FOR THA WAIT”)と振り返る。
「あの頃は何もかもうまくいかなかった。大海原を一人で彷徨ってる状態。平日はコールセンターでバイトして週末にライヴしてました。自分だけ取り残されたような、負け犬になった気分でしたね。でもSTUTSとはずっと制作してました。一緒にミックステープを作ったり、アルバムに呼んでくれたり。〈フジロック〉や武道館のステージにも連れて行ってくれた。クラウドファンディングで制作した前作『ILL KID』(2022年)では古い付き合いのOMSBとHi’Specも協力してくれました。それこそ今回のアルバムは、OMSBの『ALONE』リリパに行った後にCONTACTでTBHを観て、『ILL KID』のCDを渡した時にO.N.Oさんが〈一緒にアルバムを作ろうよ〉と言ってくれたことがきっかけなんです。いろんな人に助けてもらいながら『ILL KID』を作ったことで、ようやくありのままの自分が受け入れられるようになりました。いまならやれると思いました」。
がんばっていれば粋な未来が待ってる
『ILL KID』で丸裸になったKMCは、今回の新作で父の家業である漁師になぞらえてライフストーリーを紡いでいる。
「まず俺がYOU THE ROCK★さんの『WILL NEVER DIE』のインストや、O.N.Oさんのソロ曲に勝手にラップを乗せたデモを録って送りました。最初に出来たのが“PERFECT STORM”です。その段階で〈漁師の息子が嵐の大海原に突っ込んでいく〉というテーマはもう決まっていました。やはりO.N.Oさんと作るというのが大きかった。でもきっと受け止めてもらえると思いました。そしたら〈いまは(デモ作りを)やっておいてほしい。俺も時間ができたらすぐトラック制作に取り掛かる〉と連絡があって、一人で15曲作りました」。
O.N.OはKMCが送ったデモから新たにトラックを制作した。さらにTBHRからリリースする段取りもつけてくれた。この段階からILL-BOSSTINOも制作に加わり、レコーディングは2023年9月に行われた。
「3人のスケジュールが合うタイミングが3日しかなかったので、レコーディングは一発OKできるくらいまで仕上げていきました。これまでのレコーディングももちろん真剣だったけど、仲間とキャッキャしてる感じでした。だけど今回は良い緊張感というか、ものすごく集中しました。録り自体はすぐ終わりました。でもそこからが長くて、〈ここにエフェクトをかけよう〉〈こういう音を入れてみよう〉〈この言葉を変えよう〉みたいに、自分がこれまでノリで済ませていた部分のディテールを、あの二人は徹底的に詰めていくんです。でもどんどん曲が良くなるから楽しかった」。
なかでも苦労したのは先行曲“JUST DO IT”だ。
「これはデモの時、O.N.Oさんのソロ・アルバム『Duskrom』の“PastFar”に乗せていた曲です。当初、最後のヴァースは違うリリックでした。3日間のレコーディングの初日に録ったんですが、最終日の最後にBOSSさんがそこを聴いて〈確かに良いこと言ってるけど、本当に思ってる? 命かけてる?〉と言われたんです。滞在時間も迫ってて、すごく追い詰められた状態だったけど、ここが正念場だと思いました」。
そこで生まれたのが〈自分を信じるか信じられるか/弱さもろともお見舞いするセルフボーストだ〉という、自身のキャリアを総括したといっても過言ではない名ライン。それは奇しくもBOSSが現在のKMCと同じ30代後半に書いた名曲“MAINLINE”(『LIFE STORY』)を彷彿とさせるものだ。
「俺は世間の流れに無理して乗っかったり、受け入れなくてもいいと思っています。そこに抗って、それをおもしろがっていくような生き方だってある。もちろん大変だし、無傷じゃいられない。でも、がんばっていれば粋な未来が待ってる。俺もそうやってこのアルバムに辿り着きました。そういう生き方の人に聴いてほしいし、そうじゃない人にも何かポジティヴなものを感じてもらえたら嬉しいです」。
今作の大きな特徴はKMCがこれまで語ってこなかった自身の繊細さ、感性の豊かさ、優しさを表現していることだ。顕著なのが〈またお袋から電話/仕事はちゃんと行ってるだか/ライブはしてるだか〉と歌い出す“MY MEMORY LANE 0548”。この曲をラストの1曲前に置くのはBOSSの提案だった。1曲目“SETTING SAIL”と対にする意図があるのだろう。そして終曲“IT’S A NEW DAY”で新たな道を踏み出すKMCの〈何かやってからにしよう/どっちにしろ後悔するんだったら〉に大きな説得力が生まれた。あの頃は悪あがきや空回りだと感じた努力がようやく身を結んだ。
『I’M A FISHERMAN’S SON... POINT OF NO RETURN』はKMCの個性をTBHRがディレクションしたことで生まれた最高傑作だ。6月7日にはO.N.Oと出会ったclubasiaで同作のリリース・パーティーが開催される。前座はTBH。DJはO.N.O。あの時と同じように、KMCはきっと〈マブいぜ〉と言いたくなるライヴをぶちかますだろう。
近年のTBHR作品を一部紹介。
左から、THA BLUE HERBの2020年のEP『2020』、dj honda x ill-bosstinoの2021年作『KINGS CROSS』、tha BOSSの2023年作『IN THE NAME OF HIPHOP II』(すべてTHA BLUE HERB RECORDINGS)
『I’M A FISHERMAN’S SON... POINT OF NO RETURN』に辿り着くまでのKMCとO.N.O
盟友STUTSはもちろん、OMSBやHi’Spec、KO-neyら多彩な面々が駆けつけた好内容のサード・アルバム。“Outta Here”と“HOO!EI!HO!”があるのもどこか予言的で、ここでの剥き出しストレートなラップぶりは今回の新作にも直結している。
5年のブランクを経たセカンド・アルバム。“KICK OUT THE JAMS”をはじめとするSTUTSのビートを中心に、VOLOJZAやFragmentらメンツの広がりがそのまま音の彩りを演出している。O.N.Oはダビーで分厚い“Singin’ The Rain”を提供。
多くのビートをSTUTSが手掛けたファースト・アルバム。ジャケそのままのがむしゃらな表情がデカくて熱いマイク捌きからガツンと伝わってくる。DJ BAKUのミックスにピックアップされた“HIPHOPが好き”をはじめ、どの曲も初期衝動の塊だ。
縁深い盟友の現時点での最新フル・アルバムでは、終盤の“Storm”にてKMCをフィーチャー。初作における“Rock The Bells”の振る舞いもエモーショナルだったが、ここでもメロディアスなグルーヴが決然とした熱気に叙情を注ぎ込む。
VLUTENTを主宰するラッパー/ビートメイカーがQNやKID FRESINOらをフィーチャーしたアルバム。かつてのABC作品の頃からコラボしてきたKMCは、RHYDAと没 a.k.a NGSも交えた野太いダンス・トラックの表題曲でディープな歌い口を披露する。
TBHのチームによるプロデュース作品の第1弾。全曲のビートをO.N.Oが担当し、紆余曲折あった主役のストーリーの行間を多彩な意匠とブーミンな音の鳴りでシンプルに盛り上げる。円熟した語り口の重みがキャリアを窺わせる好盤だ。
onomonoでのミニマル作品などを間に挿んで、ソロ名義では約8年ぶりとなった配信のみのセカンド・アルバム。ダークな世界観のインストを思いのままに展開しつつ、ラストの“LaughTomorrow”に残る仄明るい聴後感が印象的だ。
大阪はアメ村を拠点とするユニットが、刃頭やDJ HIDE、asaら豪華な顔ぶれからのビート提供を受けて作り上げた初のアルバム。“Overdose of nature”と“ROAD TO CORE”の2曲に提供されたO.N.Oのビートは流石の浸透力で迫る。









