がんばっていれば粋な未来が待ってる
『ILL KID』で丸裸になったKMCは、今回の新作で父の家業である漁師になぞらえてライフストーリーを紡いでいる。
「まず俺がYOU THE ROCK★さんの『WILL NEVER DIE』のインストや、O.N.Oさんのソロ曲に勝手にラップを乗せたデモを録って送りました。最初に出来たのが“PERFECT STORM”です。その段階で〈漁師の息子が嵐の大海原に突っ込んでいく〉というテーマはもう決まっていました。やはりO.N.Oさんと作るというのが大きかった。でもきっと受け止めてもらえると思いました。そしたら〈いまは(デモ作りを)やっておいてほしい。俺も時間ができたらすぐトラック制作に取り掛かる〉と連絡があって、一人で15曲作りました」。
O.N.OはKMCが送ったデモから新たにトラックを制作した。さらにTBHRからリリースする段取りもつけてくれた。この段階からILL-BOSSTINOも制作に加わり、レコーディングは2023年9月に行われた。
「3人のスケジュールが合うタイミングが3日しかなかったので、レコーディングは一発OKできるくらいまで仕上げていきました。これまでのレコーディングももちろん真剣だったけど、仲間とキャッキャしてる感じでした。だけど今回は良い緊張感というか、ものすごく集中しました。録り自体はすぐ終わりました。でもそこからが長くて、〈ここにエフェクトをかけよう〉〈こういう音を入れてみよう〉〈この言葉を変えよう〉みたいに、自分がこれまでノリで済ませていた部分のディテールを、あの二人は徹底的に詰めていくんです。でもどんどん曲が良くなるから楽しかった」。
なかでも苦労したのは先行曲“JUST DO IT”だ。
「これはデモの時、O.N.Oさんのソロ・アルバム『Duskrom』の“PastFar”に乗せていた曲です。当初、最後のヴァースは違うリリックでした。3日間のレコーディングの初日に録ったんですが、最終日の最後にBOSSさんがそこを聴いて〈確かに良いこと言ってるけど、本当に思ってる? 命かけてる?〉と言われたんです。滞在時間も迫ってて、すごく追い詰められた状態だったけど、ここが正念場だと思いました」。
そこで生まれたのが〈自分を信じるか信じられるか/弱さもろともお見舞いするセルフボーストだ〉という、自身のキャリアを総括したといっても過言ではない名ライン。それは奇しくもBOSSが現在のKMCと同じ30代後半に書いた名曲“MAINLINE”(『LIFE STORY』)を彷彿とさせるものだ。
「俺は世間の流れに無理して乗っかったり、受け入れなくてもいいと思っています。そこに抗って、それをおもしろがっていくような生き方だってある。もちろん大変だし、無傷じゃいられない。でも、がんばっていれば粋な未来が待ってる。俺もそうやってこのアルバムに辿り着きました。そういう生き方の人に聴いてほしいし、そうじゃない人にも何かポジティヴなものを感じてもらえたら嬉しいです」。
今作の大きな特徴はKMCがこれまで語ってこなかった自身の繊細さ、感性の豊かさ、優しさを表現していることだ。顕著なのが〈またお袋から電話/仕事はちゃんと行ってるだか/ライブはしてるだか〉と歌い出す“MY MEMORY LANE 0548”。この曲をラストの1曲前に置くのはBOSSの提案だった。1曲目“SETTING SAIL”と対にする意図があるのだろう。そして終曲“IT’S A NEW DAY”で新たな道を踏み出すKMCの〈何かやってからにしよう/どっちにしろ後悔するんだったら〉に大きな説得力が生まれた。あの頃は悪あがきや空回りだと感じた努力がようやく身を結んだ。
『I’M A FISHERMAN’S SON... POINT OF NO RETURN』はKMCの個性をTBHRがディレクションしたことで生まれた最高傑作だ。6月7日にはO.N.Oと出会ったclubasiaで同作のリリース・パーティーが開催される。前座はTBH。DJはO.N.O。あの時と同じように、KMCはきっと〈マブいぜ〉と言いたくなるライヴをぶちかますだろう。
近年のTBHR作品を一部紹介。
左から、THA BLUE HERBの2020年のEP『2020』、dj honda x ill-bosstinoの2021年作『KINGS CROSS』、tha BOSSの2023年作『IN THE NAME OF HIPHOP II』(すべてTHA BLUE HERB RECORDINGS)
