Mr.Childrenが通算21作目のオリジナルアルバム『miss you』をリリースした。全て新曲で埋め尽くされた同アルバムは、デビュー30周年を経て、桜井和寿、田原健一、中川敬輔、鈴木英哉の4人の絆を感じさせるとともに、次なる航海へと挑むバンドの覚悟も刻まれた作品である。
〈国民的バンド〉〈モンスターバンド〉といった言葉で形容されるMr.Childrenは、どんな旅を経て『miss you』に辿り着いたのか。本記事では『miss you』にいたるまでの道のりをオリジナルアルバムとともに辿っていく。今回はデビュー作『EVERYTHING』から10周年の節目にリリースされた『IT’S A WONDERFUL WORLD』までの10作品を紹介する。 *Mikiki編集部
『EVERYTHING』(92年)
記念すべきメジャーデビュー作品。7曲入りのミニアルバムだが、ファーストアルバムと位置づけられている。デビュー当時のMr.Childrenが渋谷系文脈と無関係でなかったのは知られているが、実際、渋谷系を象徴する故・信藤三雄による本作のジャケットは、商品パッケージのような瀟洒なデザインがいかにも渋谷系的。その進藤とプロデューサーの小林武史とのチームは、その後も長く続いていく関係だ。それもあるのだろう、2023年のいま聴いても、初作にしてバンドの個性が完成していることに驚く。常に前進と変化をしつづけているバンドだが、軸や核はぶれていないこと、瑞々しさを失わないでいることを本作は証明しているのだ。1曲目“ロード・アイ・ミス・ユー”は、ポストパンク風の暗いマイナーコードのギターカッティングから始まり、ピクシーズやネオアコ的な展開を経て、サビの桜井印なメロディで解放されていく。ファーストシングルとなった“君がいた夏”も、胸を締めつけるドラマティックなメロディは桜井にしか書けないもの。シュガー・ベイブ調の“Mr. Shining Moon”を筆頭に、ビートルズやフィル・スペクター、それらの音楽に影響された大滝詠一からサザンオールスターズに至る系譜への憧れが感じられ、新旧の洋楽と邦楽からの影響を小林とのタッグで昇華させていくセンスが素晴らしい。ラスト、ビートロック風の“CHILDREN’S WORLD”が異色だが、この直線的な勢いは最初の作品だからこそか。〈EVERYTHING(すべて)〉とは大胆不敵なタイトルを掲げているが、大言壮語ではまったくない。 *天野
『Kind of Love』(92年)
続く2作目も、進藤によるアートワークには渋谷系的なセンスが横溢しているが、同時に4人の写真にはアイドル時代のビートルズのようなフレッシュさがあって可愛らしい。バンドの最初の作品はデビュー前に作ってきた曲のベストアルバムになりがちで、真価が問われるのはセカンドアルバム。その意味で、本作はその試練に見事に応えている。幕開けの“虹の彼方へ”は、アレンジこそブルース・スプリングスティーンや佐野元春を思わせるが、前述した桜井印のドラマティックな作曲、ダイナミックなメロディはどこまでも独創的だ。“抱きしめたい”のような美しいバラード、“星になれたら”のような伸びやかで軽快なポップナンバーは、バンドブームや渋谷系の潮流に与せず、いわゆる〈国民的バンド〉への階段を独力で登っていくことを予見させる。ブルーアイドソウル的な“BLUE”、スタイル・カウンシル経由のモータウンオマージュ“グッバイ・マイ・グルーミーデイズ”、ビートルズを思わせる2部構成の“ティーンエイジ・ドリーム(I〜II)”と、音楽的な多彩さと実験性が同居しているのは、桜井と小林が新宿ヒルトンホテルにてハードディスクレコーディングをおこなったという制作過程と無関係ではないはず。単なるポップバンドに収まる気はさらさらない、と実験に向かう貪欲さの萌芽がここにある。カントリーやレゲエを混ぜ合わせたユーモラスな“思春期の夏 〜君との恋が今も牧場に〜”では、ドラマーの鈴木英哉がボーカルを披露していてほっこり。 *天野
『Versus』(93年)
アブストラクトなジャケットが変化の兆しを感じさせる、ニューヨークでの録音を含むサードアルバム。オリコンチャートで初登場3位、このあとにホールツアーを開催するなど、大きな成功への足がかりになった。タイトルの〈Versus〉とは、前作のようなポップ路線の曲とセッションによるバンドらしい曲の二面性、内面的な矛盾の葛藤といったことを表しているらしい。エルヴィス・コステロ風の“メインストリートに行こう”、Mr.Children史上もっとも渋谷系っぽい(?)ソウル/ファンクナンバー“and I close to you”など、バンドとしての勢いとポップさが宿った曲がホットな一方で、性愛を描いた歌詞とドリームポップに分類できそうな編曲が印象的な“マーマレード・キッス”、ビートルズ“Come Together”のようなヘビーさの“蜃気楼”、エレクトリックピアノとトレモロギターが切ないバラード“さよならは夢の中へ”といった一筋縄ではいかない曲も挟まれる。しかし、“Replay”“LOVE”“my life”というあまりにも見事な3つのポップソングに、どうしても心が掴まれてしまう。恋人未満のはっきりしない関係を描く“LOVE”を筆頭に、作詞家・桜井の技工が一気に進化し、繊細さと具体性を伴ったストーリーテリングで魅せているのも重要。そして、鈴木が歌うレゲエポップ“逃亡者”に再びほっこり。 *天野
『Atomic Heart』(94年)
初期路線の最高傑作だと言い切りたい4作目。プリンターの音を用いたイントロダクションからタイトなファンクロック“Dance Dance Dance”(奇妙に歪んだギターとドラムの音が強烈)、そしてローリング・ストーンズ調で跳ねる“ラヴ コネクション”へと雪崩れこんでいく怒涛の導入3曲からして衝撃的だが、桜井の歌詞も恐ろしく変化している。虚像を生きるスターの名声の背後にある〈ビタミン剤が主食の生活(くらし)〉や情報過多の街の狂騒を描く“Dance Dance Dance”、表層的な恋愛やルッキズムの裏側にある〈傷つくのが恐い〉心理を暴く“ラヴ コネクション”、恋人に捨てられた情けない会社員の男のリアルな希望の歌“雨のち晴れ”、生々しい失恋の傷が刻まれたあまりにも切ない“Over”など、リリックは実に奥行きがある。桜井のシニカルな皮肉と風刺性が、スレスレの絶妙なバランスに着地しているのが本作だと言えるだろう。“CROSS ROAD”と初のオリコン1位を獲った“innocent world”というミリオンヒット曲が収録されているのは言わずもがな。“innocent world”における〈僕は僕のままで/ゆずれぬ夢を抱えて/どこまでも歩き続けて行くよ/いいだろう? Mr.Myself〉というライン、〈純粋無垢な世界〉に対する逡巡は、現在に至るまでのバンドの歩みを決定づけたのでは。アルバムは最終的にトリプルミリオンを売り上げた。 *天野
『深海』(96年)
こうやってディスコグラフィを追っていくと、Mr.Childrenというバンドがいかに変わってきたのかがはっきりわかるのだが、その変化と深化が最も顕著なのが本作ではないだろうか。バンドとしての大きな成功が背景にあったのだろう、かなり内省的、もっと言えば抑鬱的なコンセプトアルバムだ。改めて聴いてみたところ、自分の記憶よりもずっとピンク・フロイド濃度が高かった。『原子心母』から『Animals』あたりのフロイドに、桜井の精神的な危機や希死念慮がコネクトしてしまったのだろうか。稀代の名曲にして迷いをすべて吐き出す告白調の“名もなき詩”を真ん中に据え、ボブ・ディランや『孤独の太陽』の頃の桑田佳祐を思わせる風刺歌“So Let’s Get Truth”、皮肉たっぷりに時代を撃つ“マシンガンをぶっ放せ”、〈死を想え〉という副題がつけられた“花 -Mémento-Mori-”と、海の底に沈み、塞ぎ込みながらも大文字の〈社会〉と対峙し、もがく様が各曲に刻みつけられている。愛、夢、希望といった、かつては信じられた価値あるものを〈シーラカンス〉に喩え、そんなものがあるのか、あるいはないのか、あったとしてそれをいま本当に信じられるのか――“シーラカンス”や“深海”にはそんな懊悩が表れているが、そこにはバンドの過去と現在も重ねられているように思える(その点で“ありふれたLove Story ~男女問題はいつも面倒だ~”の歌詞が実は象徴的)。Mr.Childrenはこれ以降、バンドとしての生き様や苦闘をそのままアルバムという形の作品に吐き出していくことになる。 *天野
『BOLERO』(97年)
“Tomorrow never knows”をはじめ、前作『深海』には未収録のメガヒットシングルを詰め込んだ6作目。J-Popの頂点に到達したバンドはアンコントロールな状態に突入し、そうした状況と情報過多な時代背景が鮮明に反映された作品でもある。宮沢賢治やルイ・アームストロングにリスペクトを抱きつつ、彼らが生きた時代と現代を比較した社会風刺ロック“タイムマシーンに乗って”、援助交際という言葉が蔓延した当時の日本を過激な描写で捉えたハードロック調の“Brandnew my lover”など、トレンドだったデジロックの要素がアルバム/楽曲の髄所に散りばめられている。活動初期の面影残る“幸せのカテゴリー”や、擦り潰されそうな桜井の精神世界が広がる“ALIVE”といった極端な色合いの楽曲も並ぶなかで、エルヴィス・コステロ“Pump It Up"をオマージュしたMVも話題となったライブアンセム“シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜”、バンドのドキュメンタリー映画のテーマとして制作されながら阪神・淡路大震災の影響がダイレクトに歌詞に反映された“【es】 〜Theme of es〜”など、一見相容れない要素を繋ぎ合わせ、幻想と実存を同居させながらポップソングとして表現するスキルをこの時期のMr.Childrenは極めつつあった。本作リリース後、デビューからその巨大な歯車をノンストップで回し続けていたバンドはツアー終了とともに活動を休止する。 *小田
『DISCOVERY』(99年)
活動休止の最中、桜井はPro Toolsを導入してより自由な制作スタイルを獲得する。全体的にメンバー4人のバンドアンサンブルが重視され、レディオヘッド『OK Computer』(97年)をはじめとした外的な影響を音作りやポストプロダクションに織り込んだ意欲作だ。現在まで続くバンドイメージそのものとも言えるロックアンセム“終わりなき旅”をクライマックスに据え、ラップのごとく軽快に韻を踏むファンクナンバー“アンダーシャツ”、サンプリングやエフェクトを多用しつつ、ラウドな演奏を半ば強引にミックスさせたかのような“ニシエヒガシエ“(これが当時ドラマ主題歌だった事実にも驚愕)あたりを聴くに、活動休止による停滞感は一切なく、むしろこれまで以上に現実的な視点とサウンドに舵を切ったことで、バンドは大きく前進する。ファンを中心にメンバーからも愛される楽曲へと育った“Simple”など、次世代に向けて必要なノウハウを身につけた作品としても価値ある1作だ。 *小田
『1/42』(99年)
『DISCOVERY』を引っ提げた42公演におよぶツアーから北海道公演の模様を収録したライブ盤(ボーナストラックのみ沖縄公演の音源)。限定生産&現時点で未配信ということもありファンのみぞ知る作品でもあるが(筆者は中古品だが同作を所有)、99年当時のバンドの力量を鮮明に映し出している。活動当初からMCに苦手意識のあった桜井の要望もあり、トークパートがすべてカットされているのもその理由がわかれば納得できる。演目は『DISCOVERY』の楽曲が背骨となり、“名もなき詩”“Everything (It’s you)”“innocent world”などヒットシングルを網羅。各楽曲でライブアレンジやオーディエンスによるシンガロングが楽しめるのはもちろん、それまでの壮大なステージセットや演出などを排除し、極力生音に拘ったMr.Childrenの演奏からはロックバンドとしての生き様が感じられる。 *小田
『Q』(2000年)
実は同業者=アーテイスト人気の高い本作。〈ダーツでテンポを決める〉〈コード進行を決めるのはくじ引き〉――そんな有名な制作プロセスは単に思いつきや気まぐれなどではなく、一秒先の音やリズムに制約を設けながらもMr.Childrenの音楽として成立させるというチャレンジ精神から生まれたのではないか。それらを証明するように、ギターストロークから静かにスタートし、楽器隊が合流して以降は全速力で駆け抜けていく“CENTER OF UNIVERSE”をトップバッターに、ドラムループと低い重心のコーラスが耳を引く“その向こうへ行こう"へと続く冒頭の流れだけでも秀逸。繊細なストリングスを背後に4人のアンサンブルが胸を熱くさせる“NOT FOUND”、木枯らし吹く季節に心温まるラブソングとして機能する“口笛”といったシングル曲は、どちらもリリースから20年以上経つ現在も色褪せることのない名曲として歌われている。その他にも、のちにthe pillowsがカバーしたことで注目を集めた“つよがり”、オートバイに乗った主人公が流れゆく風景に思いを馳せる“ロードムービー”、ライブではより壮大なアレンジで披露されるアルバムのリード曲“Hallelujah”など、本作の楽曲は特定の時代に縛られない性質を持つものが多い。ノストラダムスの大予言を退け、2000年という新世紀を目前にしたMr.Childrenの新たな一歩が、この『Q』には刻まれている。 *小田
『IT’S A WONDERFUL WORLD』(2002年)
ベストアルバム『Mr.Children 1992-1995』『Mr.Children 1996-2000』とそれに伴うスタジアムツアーでデビュー以降の活動を総括したバンドは、次なる道を歩み始める。デビュー10周年を迎えたバンドの10枚目は、誰もが耳を傾けるような〈歌〉と〈メロディー〉を追求したポップアルバムとなった。U2やオアシスのようにたった1人から数十万人にまで精気を与えるポップアンセム“蘇生”で拳を握らせ、アントニオ猪木の引退試合でのマイクパフォーマンスからインスパイアされた“one two three”でその拳を大きく振り上げさせる。そしてほろ苦い男女の別れをミドルテンポでウィスパーに歌う“渇いたkiss”へと続く序盤の流れは、楽曲の振れ幅がそのままアルバムの起伏として楽しめるようになっている。よしながふみの原作漫画を実写ドラマ化した「アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜」の主題歌としてお茶の間に鳴り響いた“youthful days”は、ドラマのストーリーとともに記憶している人も多いかもしれない(同ドラマは全編にわたりMr.Childrenの楽曲が使用されたことでも話題に)。ちなみに、本作にも人物やキャラクターなどの固有名詞がよく登場し、“ファスナー”では〈ウルトラマン〉〈仮面ライダー〉、“LOVEはじめました”では〈中田英寿〉が歌詞に組み込まれている。それらは現実を突きつける存在や社会風刺の一コマとして、私達リスナーの目に映る世界の醜くて美しい一面を露わにする。ここからMr.Childrenは、そんな醜くも美しい世界でさらなる名曲を量産していくことになる。 *小田
次回は、『シフクノオト』(2004年)から『SOUNDTRACKS』(2020年)までを紹介する。










