ついに録音を終えたハイデルベルク交響楽団によるハイドン交響曲全集。最新リリースについて矢崎裕一が語る

 ハイデルベルク交響楽団がトーマス・ファイと送り出して来たハイドンの交響曲の録音。1999年にそれがスタートし、ヨハネス・クルンプに受け継がれ、コロナ禍を経て2023年に全曲の録音が終わった。2024年にはそのリリースが続く。第28~31集はCD4枚組セットでリリースされ、残る第32~35集も今年中にリリース予定だ。そこでハイデルベルク交響楽団のヴィオラ奏者として活躍している矢崎裕一に、この最終盤の録音について伺った。

JOHANNES KLUMPP, HEIDELBERG SYMPHONY ORCHESTRA 『ハイドン:交響曲全集 Vol.28~31』 Haenssler Classic(2024)

 「この長いプロジェクトを完結できたのは特別な感慨がありますね。僕は50曲ほどの録音に参加していますが、この間には紆余曲折があり、ファイの悲劇的な事故、さらには新型コロナウイルスの流行などが重なり、どうなることかと思った時期もあったのですが、クルンプという新たな才能と出会うことで、ようやく完成に漕ぎ着けられたという安堵感、達成感があります」

 と矢崎。最新リリースとなる第28~31集はハイドンのエステルハージ家時代の初期となる1763年から始まり1775年ぐらいまでの時期に書かれた作品を中心に収録されている。

 「第30集には“ニ長調 Hob.deest”という交響曲が全4楽章で収録されており、おそらくこの形では世界初録音となると思います。発見が遅かったために、ホーボーケンによる全集には入っていませんが、おそらくハイドンがオペラのために書いた音楽を元にして作り上げたと考えられる作品です。そうした珍しい作品も収録しているところが、今回の全集の興味深い点でしょう」

 もちろん学術的な面白さもありつつ、クルンプ&ハイデルベルク響の演奏そのものが非常に溌剌としていて、様々な発見があり、ハイドンという作曲家への関心がますます高まる録音でもある。

 「第72番と第13番は今回リリースの第28集に収録されていますが、それに加えて第31番“ホルン信号”と第39番はホルン4本が使われている交響曲として知られています。今回の録音ではナチュラル・ホルン奏者4人が演奏した訳ですが、それらを作曲した時期のエステルハージ家のオーケストラにはなぜか4人のホルン奏者が居たらしく、それで4本のホルンを使った交響曲をハイドンは書いています。それは何故なんだろうとも思います。あえて4人を使う必要はあったのか、あるいは、たまたまホルン奏者が4人になってしまったので、じゃあ、その4人を使った交響曲を書いてみようと思ったのか、ハイドンの真意は分からないのですが、でも、常にチャレンジ精神というか、自分の置かれた状況に合わせて作曲スタイルを変えて行くような柔軟性があって、単に古典派の作曲法を確立した人と片付けることができない面白さがハイドンの音楽にはあります」

 とりわけ第72番はホルンの4人それぞれがソリスト的な扱いをされている点も興味深く、実演で聴いたらさぞ面白いだろう、誰と誰を招いて、などと想像してしまうのである。

 「他にも第22番“哲学者”では2人のオーボエ奏者がイングリッシュホルンを演奏しますが、これはハイドンがイングリッシュホルンを交響曲で使った唯一の例でもあります。第68番では初めて2本のファゴットが使われています。さらには第67番の第3楽章メヌエットのトリオはヴァイオリン2本だけとなり、しかも第2ヴァイオリンはG線を1音下げて弾き、第1ヴァイオリンと合わせてバグパイプのような響きを作り出します。こうした本当にユニークなアイディアを各所にちりばめているハイドンは、ある意味でとても前衛的な部分も持った作曲家だったのかもしれません。そして、そのアイディアをどこから持って来たのかについても、謎の多い作曲家とも言えるでしょう」

 そうした驚きが随所に出て来るハイドンの交響曲を、クルンプもまた楽団員もとても楽しんで演奏していることが分かる。

 「ハイドンの交響曲全集は録音が終わりましたが、彼の序曲や同時代のアダルベルト・ギロヴェッツ、ジョヴァンニ・パイジエッロの作品を集めて録音することが決まりました。こちらはいわばハイドン同時代シリーズのような形として展開されるかもしれません」

 と矢崎は付け加えてくれた。これも楽しみである。指揮者のクルンプはまだ日本で指揮を披露したことはない。この新しいCDを聴いて頂ければ、両者によるハイドンの実演を日本で聴きたいと思う人もきっと増えるだろう。

 


矢崎裕一(Yuichi Yazaki)
東京都生まれ。東京音楽大学ヴィオラ科卒業後に渡独、マンハイム音楽大学ヴィオラ科、室内楽科(弦楽四重奏)を修了。在学中よりハイデルベルク市立劇場管弦楽団、その後マンハイム国民劇場管弦楽団、ビーレフェルト・フィルハーモニー管弦楽団、ハーゲン市立劇場管弦楽団に所属。トーマス・ファイ、ヨハネス・クルンプ指揮のハイデルベルク交響楽団、マンハイム・モーツァルト管弦楽団の首席奏者としてハイドン交響曲全集、メンデルスゾーン交響曲全集などのCD録音に参加、サリエリの序曲、舞台音楽集は2011年、米グラミー賞最優秀オーケストラ・パフォーマンス部門にノミネートされた。