20世紀の指揮芸術を先導したイタリアの大指揮者、トスカニーニの芸術が望みうる最高の状態で蘇る!
ドイツのヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886~1954)とともに、戦前のクラシック音楽界で世界最高の指揮者の座を競ったのがイタリアのアルトゥーロ・トスカニーニ(1867~1957)だった。19世紀以来のロマンティックな音楽観に基づいたフルトヴェングラーに対し、オペラハウスでの悪しき伝統(スター歌手の勝手気ままな歌い崩し、怠惰なオーケストラ伴奏、等々)を刷新し、磨き抜かれたアンサンブルを背景に、主情を廃した、楽譜に忠実な演奏を心がけたトスカニーニ。政治音痴でナチス・ドイツに留まって指揮活動を行ったフルトヴェングラーに対し、ファシズムに敢然と抵抗しアメリカに活動の拠点を移して指揮活動を行ったトスカニーニ、と両者は何かと対照的だった。
今年、トスカニーニ研究者のハーヴィー・サックスによる上下巻で1000ページを超える大著「トスカニーニ 良心の音楽家」(神澤俊介 訳、アルファベータブックス)が刊行されるのに合わせ、ソニークラシカルが〈トスカニーニ名盤コレクション〉(全27点)を3回に分けてリリースする。名作オペラ「道化師」「ラ・ボエーム」「トゥーランドット」の世界初演の指揮を執ったトスカニーニは、生前から伝説的な存在であり、1920年から1954年まで、今のCDに直して82枚分という膨大な数の録音をRCAに行った。とくに70歳を迎えた1937年には、アメリカのNBC放送がトスカニーニの演奏のラジオ放送を主目的に、腕利きの楽員を揃えたNBC交響楽団を組織し、トスカニーニ晩年の名演がモノラルながら今も瑞々しい、鮮明な音質で残されることとなった。今回、その中からハイドンからR.シュトラウスに至るスタンダードなオーケストラ・レパートリー20タイトル(第1&2回発売)と、生前に残されたイタリア・オペラ全曲演奏の全てのレパートリー7点(第3回発売)がセレクトされた。CDには高品質Blu-spec CD2を採用、音匠レーベル仕様、アナログ時代のLPジャケット・デザイン使用と望みうる最高の状態でのリリースである。
第1回発売では、まずベートーヴェンの交響曲3枚が素晴らしい。“運命”は時代(1950年代)の最先端を行く快速テンポ、ブリリアントな音色、ダイナミックな迫力、エネルギッシュな推進力と、典型的なトスカニーニ・スタイルが作品の内容に合致した素晴らしい名演だ。カップリングの“田園”が、対照的に柔らかなタッチと喜悦に満ちた表情で描かれるのはトスカニーニの表現力の幅広さを示している。流石オペラハウスで半世紀の経験を積んだ巨匠ならではだ。“第七”はトスカニーニが最も得意とした作品で、その冴え渡ったリズム、電撃的な進行、スリリングなクレッシェンドの効果に胸のワクワクが止まらない。“第九”も凄い。ここでトスカニーニは金管楽器や打楽器にかなり変更を加えて演奏しており、〈楽譜に忠実〉が言葉通りで無いことを示しているが、これは作曲当時よりスケールアップしたオーケストラの中で、各声部の流れを明確化するための処置であり、作品の内容がより一層クリアに、力強く伝わってくる。
他では、シューベルトの“未完成”“グレイト”は前記した“田園”同様の柔らかな表現で成功を収めた例としてオススメ。メンデルスゾーン“イタリア”も定評ある名演だが、筆者は今回聴き直してカップリングの“宗教改革”での弱音部での澄み切った美しさと強音部での緊迫した表情の対照の妙、全曲に漂う感慨深さに一層強く惹かれるようになった。
第2回発売では『ワーグナー管弦楽曲集』『ブラームス:交響曲第1番』『ムソルグスキー=ラヴェル:展覧会の絵』『ドヴォルザーク:新世界より』が聴き逃すことのできない名盤中の名盤。第3回発売ではトスカニーニが自らの世界初演50周年を記念して録音した「ラ・ボエーム」の類稀な情熱と歌心。ヴェルディ晩年の傑作「ファルスタッフ」で示した圧巻の指揮振り、ラスト“世の中すべて冗談さ”のフーガの凄まじい高揚には誰しも目頭が熱くなってしまうことだろう!
トスカニーニ 名盤コレクション
第1回発売 2024年4月24日
第2回発売 2024年6月26日
第3回発売 2024年7月24日
https://tower.jp/article/feature_item/2024/02/08/1120