©Pooneh Ghana

 「最近の音楽は頭脳的すぎて、人は踊ることができない。僕らの音楽は、考える音楽とは正反対なんだ」(クリス・ヒューズ)――プレスリリースにあるそんな発言がいかにも頭脳的なリスナー向けだとしても、このバンドへの期待が破裂寸前に膨れ上がっているのは確かだ。ふてぶてしい“King Of The Slugs”で昨年8月にデビューして以来、ライヴのエキサイティングな様子を通じてその狂犬ぶりは伝えられてきた。ついに完成したファースト・アルバム『WOOF.』によって、ファット・ドッグの唸り声は最高のサウンドとしてより多くの鼓膜と身体に作用しまくることになるだろう。

FAT DOG 『WOOF. 』 Domino/BEAT(2024)

 もともと2021年に結成されたこの5人組は、フロントマンのジョー・ラヴがロックダウン期間にベッドルームで作っていたエレクトロニック・ミュージックに端を発しているという。

 「ジョーがもともと聴いていた音楽の多くはギター・ポスト・パンクのようなもので、軽くて似たような音楽が充満していた。それに彼はポスト・パンクのバンドを追い出されたばかりだったんだ。だから、彼はそのレスポンスとしてエレクトロニック・ミュージックをやることにした。でも一人でやるのに寂しくなってメンバーを加えはじめたんだと思う」(クリス)。

 エレクトロニックにパンク、インダストリアル、スカやバルカン・ビートが接続された雑食性は「ジョーはできるだけ多くのジャンルから盗もうとしていたと思う。あらゆるものから。そうすれば誰も気づかないから」(クリス)という意識によるもので、『WOOF.』を構築するリファレンスの断片を配列してもそれがファット・ドッグの像を結ぶものではない。例えば、変幻自在な歌唱や妖しげなドロップ、多彩なリズム展開という彼らの作法を7分かけて提示していくかのような“King Of The Slugs”についてはこう語る。

 「初期のデモはもっと短かったし、いくつか違う音も入っていた。基本的には3曲、もしくは3曲のアイデアが効果的にマッシュアップされただけなんだ。だから、“Bohemian Rhapsody”みたいな感じなんだ」(クリス)。

 「“Bohemian Rhapsody”はまずいでしょ。曲自体は複雑すぎる感じはしないかな。むしろ一本の線があるように感じられるし、リスナーはそれらのすべての変化の中を進んでいくことができる」(モーガン・ウォレス)。

 「そう、ちょっとした旅に連れて行ってくれるんだ」(クリス)。

 そんな『WOOF.』はレイヴやEDMばりに直情的な極太のリフが突き抜ける“Vigilante”で始まり、切迫したシアトリカルなクランクの“Closer To God”、単細胞なビートにパンキッシュなドライヴ感が宿る“Wither”、幻惑的なトラップ・ソウル調の“Clowns”、重厚なシンセウェイヴの“I Am The King”……と多種多様な刺激の塊が押し寄せてくる。多くの曲はライヴ先行のレパートリーをスタジオでさらに練り込んだそうで、それらをジョーと共に整えたのが、プロデューサーに起用されたジェイムズ・フォードとジミー・ロバートソンだ。

 「ジェイムズ・フォードはアークティック・モンキーズなどでドミノとすでに一緒に仕事していた関係からだと思う。そのうえ彼はヒット・アルバムのような作品をいくつも手掛けているから、ジョーと一緒に取り組むのはいいことだと思った。というのも、ジョーはレーベルに所属するのが初めてだから、スタジオに経験を積んだ人がいることが必要だった。万が一ジョーが興奮しすぎたり2小節に悩まされたりして、時間や金銭的な制約から次の段階に進まなければならなくなったときのために、そこにいてくれるだけでよかったんだ。長期的にはそれがジョーに自信を与えたと思うよ。だからセカンド・アルバムは、たぶんジョーがもっと自分でプロデュースすることになるね」(クリス)。

 アートワークが示すように作品を通じて世の混沌を反映しながら、多くの歌詞が「やる気を起こさせるスピーチのような」(モーガン)ものに仕上がっているからか、不思議な爽快さを残すのも彼ららしさかも。いずれにせよ、できるだけ爆音で聴いてほしい――そんな使い古された常套句の意味すら痛快に更新するほど、ファット・ドッグの知的な獰猛さは新しい興奮で満たされている。

 


ファット・ドッグ
ジョー・ラヴ(ヴォーカル)、クリス・ヒューズ(キーボード)、ベン・ハリス(ベース)、ジョニー・ハッチソン(ドラムス)、モーガン・ウォレス(キーボード/サックス)から成る5人組バンド。英ブリクストンで2021年に結成され、南ロンドンを中心にライヴ活動を通じて話題を集める。ドミノと契約して2023年10月にデビュー・シングル“King Of The Slugs”をリリース。今年1月の“All The Same”を経て、ファースト・アルバム『WOOF.』(Domino/BEAT)を9月6日にリリースする。