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圧巻の表現力と歌唱力を誇るジャズ・ヴォーカルの新星が美しいニュー・アルバムを完成! バンドで有機的な彩色を施した『Portrait』にはどんな表情が描かれている?

 2023年2月の第65回グラミー賞で、最優秀新人賞と最優秀ジャズ・アルバムの2部門に輝いたサマラ・ジョイ。ヴァーヴでの初作『Linger Awhile』(2022年)にて近年では珍しいほどオーセンティックなジャズ・ヴォーカリストとしての魅力を打ち出しつつ、TikTokでも支持を集めて幅広いリスナーを獲得してきた彼女は、2023年には故郷NYのヴィレッジ・ヴァンガードなどの象徴的な会場で舞台を踏み、ホリデイEP『A Joyful Holiday』やセルフ・プロデュースのシングル“Tight”などをリリース。後者は今年のグラミーで最優秀ジャズ・パフォーマンス部門を受賞している。そんな順風満帆のキャリアのなかで届いた新作『Portrait』は、エレガントながらも野心的な一枚となった。

SAMARA JOY 『Portrait』 Verve/ユニバーサル(2024)

 まず大きな変化は、メジャー・デビュー前から後見してきたマット・ピアソンではなく、エディ・パルミエリらと活動してきたトランペット奏者のブライアン・リンチとサマラ自身が共同プロデュースしていること。それ以上にツアー・バンドのメンバーたちと録音したのも新たな試みとなる。演奏陣に名を連ねるのは、前作収録の“’Round Midnight”や拡張版の『Linger Awhile Longer』収録曲でもバックを固めたケンドリック・マカリスター(テナーサックス)とドノヴァン・オースティン(トロンボーン)をはじめ、“Tight”で手合わせしたエヴァン・シャーマン(ドラムス)、他にジェイソン・チャロス(トランペット/フリューゲルホルン)、デヴィッド・メイソン(アルトサックス/フルート)、コナー・ローラー(ピアノ)、フェリックス・モースホルム(ベース)という7名。ツアーで築いた信頼と親密さを下地に各人がアレンジも担当したことで、演奏と彼女の歌に良い相乗効果が生まれたようだ。

 「さまざまな流れが絶えず注ぎ込まれ、決して枯れることのないインスピレーションの泉――このプロジェクトと、一緒にこのプロジェクトを作り上げたミュージシャンたちのことを考えるとき、そんなことを思い浮かべます。7人のミュージシャン、7つの斬新な視点と音楽的背景、そのすべてが成長と素晴らしい音楽の探求のためにデザインされ、ひとつになりました。多くのものからインスピレーションを受けつつも、私たち独自の音楽を創造するために常にペンと精神を働かせました。このバンドのサウンドには、驚くほど深い音楽性と創造性が注ぎ込まれています」。

 先行シングルだったオープニングの“You Stepped Out Of A Dream”は、ミュージカル「美人劇場」(41年)で知られるスタンダードをジェイソンのアレンジで披露。スタンダードでは、ブライアンが『Brian Lynch Meets Bill Charlap』(2003年)で取り上げたこともある“Autumn Nocturne”もあり、さらにジョアン・ジルベルトで知られるジョビン作のボサノヴァ“No More Blues”の解釈も鮮やかだ。

 先人の遺産の発展という意味では、チャールズ・ミンガスの曲にサマラが詞をつけた“Reincarnation Of A Lovebird”もある。また、“Peace Of Mind / Dreams Come True”は彼女とケンドリックの共作曲をサン・ラーの曲と劇的に組み合わせたもの。さらに、故バリー・ハリス作の“Now And Then (In Remembrance Of...)”は、バリーに師事したサマラが歌詞をつけて歌ったトリビュート的な仕上がりだ。そうしたなかにドノヴァン作/編曲のオリジナル“A Fool In Love (Is Called A Clown)”もしっくり並んでいる。自身の歌唱を「バンドの中で5番目の声、5番目のホーンだと感じている」と語る通り、主役と有機的なアンサンブルの一体感によって生まれた『Portrait』は、プレイヤー陣との深い絆を彩り豊かな画材にして描いたサマラの自画像、と形容することもできそうだ。

 ここ最近では、Netflix映画「シャーリー・チザム」にPJモートン制作の新曲“Why I’m Here”を提供したり、タンク&ザ・バンガズの“Remember”にロバート・グラスパーと並んで客演するなど、さらなる舞台の広がりをも予感させるサマラだが、この秋は『Portrait』の美しさを堪能する季節にしてみたい。

サマラ・ジョイの作品を紹介。
左から、2021年作『Samara Joy』(Whirlwind)、2022年作『Linger Awhile』、2023年のEP『A Joyful Holiday』、客演したタンク&ザ・バンガズのニュー・アルバム『The Heart, The Mind, The Soul』(共にVerve)