Yuuko Shiokawa, Andras Schiff
©Barbara Klemm / ECM Records

ともに生きることの幸い

 シューマンは43歳の夏が終わる頃、若きヨアヒム、そしてブラームスと出会う。ダーヴィトの勧めで2作のソナタを作曲したのは2年前の1851年だったが、ニ短調ソナタの公開初演は53年にヨアヒムとクララ・シューマンが行う。ブラームスのト長調ソナタは1878年と翌年の夏に作曲され、私的な初演はヨアヒムとブラームスが手がけた。この曲では、シューマンの遺児フェーリクスの重病への気づかいとクララへの慰めを籠めて、第2楽章の冒頭が書き足されている。いずれ友愛が結んだ創作である。

 塩川悠子とアンドラーシュ・シフが夫妻であるとともに、音楽家どうしの豊かな歳月を重ねていることは、共演で織りなされる音楽のくつろいだ、しかし親密であるだけでなく、瑞々しい清新さを思うとき、聴き手が自然と感じているところだろう。それではからずも、歴史的な天才たちの友愛に思いを馳せもするのだが、そこには音楽とともに生きていくことへの尽きせぬ愛情がつき纏う。

塩川悠子, ANDRÁS SCHIFF 『ブラームス、シューマン:ヴァイオリン・ソナタ集』 ECM New Series/ユニバーサル(2024)

 ブラームスの第1ソナタは2015年12月、シューマンの第2ソナタは19年1月にルガーノで録音されていたが、それがこの秋、ECMの40周年を祝うかたちでリリースをみる。マンフレート・アイヒャーのプロデュースにより、たっぷりと残響を纏うが、塩川のヴァイオリンがそのぶん滑らかさを増す一方、シフのピアノは朴訥とも素朴ともいえる人懐こい良さも感じさせつつ、ふたりの信頼と親愛を、ぴったりした呼吸で作品の表現に重ねている。

 ブラームスでの清冽な若さは、遠く回想的なものでなく、いまもむかしも変わらず、しかしおそらくさらに余裕をもって温められた音楽の豊かさを伝えるものだろう。シューマンではより劇的な表情も増すが、衝突ではなく、寄り添うように、含みのあるひとつの流れを編んでいくようだ。いずれも心の若さと成熟を併せもつ。

 互いをよく知ることが、安寧でも退屈でもなく、ひらかれた驚きと喜びのほうへと結ばれている。このように生きることは不可能ではないのだ。