パリで磨かれた才能、河村絢音によるヴァイオリン × 電子音響の新領域

 上品にして理知的、そして素早い語り口。どこかフランス語のような質感を伴った日本語。この若く、演奏家から感じられるのは、パリの音楽的なバックボーンだ。そこにはブーレーズ作品への情熱があり、またそれに連なるフランス現代音楽シーンの 〈いま〉、がある。ライヴ・エレクトロニクスという形態の新たな可能性を見出しつつ、新たな気風をもたらすだろう。そんな期待を抱かせるヴァイオリニストがこう語った――。


 

――まず、日本の高校からパリ国立高等音楽院に直接進学した経緯を教えてください。

 「中学生のころからフランス音楽が好きで、マスタークラスで出会ったフランス人の先生の演奏も好きだったこともあり、高一からフランス語の学習を始めました。フランスの音楽院には年齢制限があります。なので早めの留学が良いと考え、高三でパリ国立高等音楽院への留学を決めました」

――現代音楽に興味を持ったきっかけは?

 「高校生のとき、ブラームスやシベリウス、チャイコフスキーなどを弾いていましたが、現代音楽には縁がありませんでした。渡仏して最初の学期の必修の授業で、室内楽を組んで現代音楽作品を演奏することがあったのですが、そこでリゲティの弦楽四重奏の第1番を弾くことになりました。今思えばそれほど現代の作品ではないものの、現代音楽の世界に目覚めるきっかけになりました。そのとき“アンテーム”の2番を初演したアンサンブル・アンテルコンタンポラン(以下、EIC)のヴァイオリニスト、カン・ヘースン先生に出会い、彼女との交流は今も続いています。

 パリ国立高等音楽院では、他にもEICのメンバーが多く、環境に恵まれました。1年生のときにシュトックハウゼンの“グルッペン”を彼らと演奏する機会がありました。“グルッペン”は3つのオーケストラのための作品ですが、(パリ国立高等音楽院の元学長で今回のCD収録曲の作曲者の)ブルーノ・マントヴァーニのいるオーケストラの一群で演奏したこともありました。

 バロック・ヴァイオリンやグレゴリオ聖歌、民族音楽など色々と勉強しましたが、やはり一番しっくりきたのが現代音楽でした。現代音楽のコンサートを身近で親しみ、学内では現代音楽を積極的に履修しました」

――現地でフランスの音楽史を意識しましたか?

 「1年飛び級をし20歳で学士をとり、22歳で修士課程を終え、その後パリと同様にドイツのフランクフルトで学ぶことになったのですが、有名な演奏家集団にアンサンブル・モデルンがいますが、歴史や体制、方向性などがEICと違うことがわかり、自分が受けてきた音楽的影響や自分の中の現代音楽観は、IRCAMや電子音楽など、フランスで生まれた音楽的潮流に由来する割合が大きいということに、後から気づいていったんです」

――今回アルバムの選曲基準について。

 「今作をリリースしたInitialeは、もともとパリ国立高等音楽院のレーベルです。録音は私が第3課程の2年目の在籍中に行いました。当時、もう6年在籍していたことになるのですが、ブルーノ・マントヴァーニ、ルイス・ナオン、先輩で今一緒に活動している佐原洸さん、さまざまなつながりが生まれていました。パリ国立高等音楽院では、当初自分が想像していた以上に多くの物事に影響を受け、やりたいことをやらせてもらったので、その集大成という意味と、周りへの感謝の気持ちを込めてプログラミングしました」

河村絢音 『拡張するヴァイオリン』 Initiale/キングインターナショナル(2024)

――ブーレーズの影響がとても強いようですが、河村さんにとってどのような存在なのでしょう?

 「ブーレーズ作品はバッハ作品と同じように美しいと思っています。今でも現代音楽で一番好きなヴァイオリン作品はブーレーズの“アンテーム”の1番(註 アルバム収録曲)と答えるくらい好きなんです。現地にいると感覚的にバッハからメシアン、そしてブーレーズと音楽的伝統が繋がっているのを強く感じますし、ブーレーズ作品の持つ響きや音楽スタイルは、パリという音楽的環境で育った私にとてもしっくりくるんです。

 マントヴァーニ作品は音が多いことや、リズム面での難しさがありますが、一番緻密なのはブーレーズ作品ではないかと思います。いつ弾いても更新できそうな、そんな感覚があります。バッハのパルティータはヴァイオリニストにとって特別な作品なのですが、同じように、ブーレーズ作品は頻繁に演奏するのですが、弾くたびに発見があるんです。“アンテーム”の1番と2番をこのアルバムの冒頭と終盤に並置されているのが、このアルバムの一つの特徴です」

――メディアに録音することの意義はなんでしょう?

 「録音作品にはライヴ演奏とは異なる魅力があります。電子音響と生演奏を同時録音すると、輪郭が曖昧になってしまうので、私がヘッドホンで電子音響を聴いて演奏したものに対して、あとでもう一回電子音響を入れることがあります。すると電子音響も毎回変化します。作曲家はそのヴァリエーションを選択し、音量調節などもする。CDとして発表する意義が大いにあるんです。特に、ルイス・ナオン作品は素材を選んでいました」