描線の音楽会~ユポドラムによるドローイング サウンド パフォーマンスで線をきく~
企画提案者:ささきしおり
実際に体験する、企画委員の沼野雄司氏と、鈴木優人氏

音楽の逆襲がはじまる

 音楽とは、本来、どうしようもなく保守的な芸術である。

 美術や文学や映画と比べてみれば分かる。これらのジャンルにおいて、幼い頃から特別な教育を受けたなどという人はほとんどいないはずだ。

 ところが音楽の場合――もちろん例外もあるとはいえ――ある程度は、子どもの頃からの訓練が必要になってくる。それは美術や文学よりも、むしろ英会話に似ていよう。大人になってからでは、ネイティヴのような発音は無理なのだ(逆にいえば、子どもの頃から触れていれば、誰でもネイティヴ同様の発音が可能ともいえる)。

 自らが自覚的に道を選び取る以前に、一定の方向が用意されている……これでは革新的な表現が生まれにくいのも当然だろう。しかも、幼い頃からのさまざまな〈常識〉が身体化してしまっているから、さらにタチが悪い。実際、現代美術のハチャメチャぶりに比べると、現代音楽の世界はいかにもおとなしいではないか。

 神奈川県立音楽堂が、2022年より〈新しい視点〉シリーズの一環としてスタートさせた〈紅葉坂プロジェクト〉は、こうした保守性を徹底的に粉砕して、音楽を思い切り開放してしまおうという公募企画である。進取の気性に富む港町、ヨコハマならではの試みといえよう。今回の審査員は、一柳慧、鈴木優人、そして筆者の3人。

 7月2日に予定されている初回公演のラインナップに選ばれたのは3つの企画である。いずれも、すでにブラッシュアップのための〈公開ワーク・イン・プログレス〉を経て、着々と最終段階に入りつつある。以下、順に紹介してみたい。

 まず、ささきしおり〈描線の音楽〉は、ドラムの上に〈ユポ紙〉という固い紙を貼り、その上にカラフルな絵の具をたらして絵を描くというパフォーマンス。筆によってドラムが振動し、震えるような音を立てるとともに、その描線自体が一種のアートとして立ち上がってくるという仕掛けだ。一見すると単純ながら、ここにはいくつもの層が周到に設定されている。すなわち、筆を動かすアクション、生じる音、生成される描線、そしてその全体をパフォーマンスとして映し出すカメラが一体となって、複合的な体験を構成するのである。時間と共に消えてゆく音が、ここではユポ紙の上に記録されるから、いわば音楽を空間化する試みでもある。

kasane(かさね)~呼応する弦楽器と電子音響~
企画提案者:河村絢音、佐原洸

 続く〈Kasane(かさね)〉は、パリ国立高等音楽院で出会った2人、ヴァイオリニストの河村絢音と作曲・エレクトロニクスの佐原洸によるユニット。ヴァイオリンという、きわめて伝統的で、単純な構造を持つアコースティック楽器を、エレクトロニクスを使って可能な限り拡張しようという試み。この場合、まずは選曲が重要になってくるが、グロボカールやマヌリといった大家、そして中堅のルイス・ナオンによる楽曲が選ばれており、幅は十分。さらにプラス・アルファの新作もあるとかないとか……。いったいどのくらいヴァイオリンを〈拡張〉してくれるのか、楽しみに待ちたい。当日には、佐原による電子音響のパッチも公開される予定。

「音+音」~“響き”を通して知る音楽の根源 そして新たな“響き”の探求~
企画提案者:滝千春、中野翔太

 最後の〈音+音〉は、すでに演奏家として大活躍しているふたり、ピアニスト中野翔太とヴァイオリニスト滝千春によるデュオ。彼らの基本的なアイディアは、アコースティック楽器とフェンダー・ローズなどの電子楽器を同時に用いながら、ホールをスピーカーで取り囲み、全方位的な音響を現出させるというもの。しかし、どうもそれだけでは物足りないと感じたらしい。途中から彼らは、今もっとも注目される作曲家、梅本佑利をコンセプトメーカーとして起用。その結果、バロック時代のサン・マルコ大聖堂から現代のゲームセンターにまで連なる、〈ホールと音楽〉の関係を徹底的に掘り下げるという複合的な企画へと成長した。まだ詳細は明らかになっていないが、かなり危険な予感がする。

 かくして、美術や文学や映画を蹴散らして、この7月、ついに音楽の逆襲がはじまる。ぜひその瞬間を目撃してほしい。

*写真は2月27日に行われたワーク・イン・プログレスの模様
©ヒダキトモコ

 


EVENT INFORMATION
シリーズ「新しい視点」

【Momijizaka Project Vol.1 紅葉坂プロジェクト Vol.1】
2022年7月2日(土)神奈川県立音楽堂
開場/開演:14:00/15:00

■参加クリエイター
・kasane(かさね)河村絢音/佐原洸…呼応する弦楽器と電子音響
・ささきしおり…ドローイング サウンド パフォーマンス/描線の音楽
・「音+音」滝千春、中野翔太…“響き”を通して知る音楽の根源 そして新たな“響き”の探求
*…ステージパフォーマンスのほかにホワイエ展示、パフォーマンスもあり

■プラスアルファ企画
・PAO-C…あの水は何処に落ち、何処から湧くか
・西原尚…桜木町で『In C』を演奏しましょう!

■チケット(全席自由)
一般:2,500円
シルバー:2,000円
U24(24歳以下):1,250円
高校生以下:無料

【Double Portrait for Marimba and the Future
ダブルポートレイト・フォー・マリンバ・アンド・ザ・フューチャー】

2022年7月10日(日)神奈川県立音楽堂
開場/開演:14:30/15:00
アレハンドロ・ヴィニャオ
・ファイナル デ フレーズ
フルートとクラリネットと打楽器とエレクトロニクスのための(世界初演)
・“ストレス アンド フロー”より
「ブライト アンド ダーク」
打楽器カルテットとエレクトロニクスのための

一柳慧
・アクアスケープ
独奏マリンバ、フルート、ピアノ、2人の打楽器奏者のための
・共存の宇宙
マリンバとピアノのための ほか

■出演
アレハンドロ・ヴィニャオ(トーク/エレクトロニクス)/一柳慧(トーク)
小森邦彦(マリンバ)/橋本岳人(フルート)/ブルックス 信雄 トーン(クラリネット)/岡本麻子(ピアノ)/N Percussion Group

■チケット
全席指定:3,500円
シルバー(65歳以上):3,000円
U24(24歳以下):1,750円
高校生以下:無料

チケットかながわ:Tel.0570-015-415(10:00~18:00)
*シルバー、U24、高校生以下は枚数限定
*車いす席あり(付添席1席無料)
WEB予約:https://www.kanagawa-ongakudo.com/
※都合により、公演中止、内容変更の可能性もございます。予めご了承ください