多種多様なキャラクターを演じわける役者としての優れた表現力や独特な佇まいが、ひとたびマイクを握れば音楽の世界でも活きる俳優たち――。専業のアーティストとはまた一味違った趣に溢れる彼らの歌が、時にその時代を象徴する大ヒットや長く聴き継がれる名曲となることは少なくありません。そんな役者ならではの歌の魅力に迫るべくスタートした連載〈うたうたう俳優〉。音楽ライターにして無類のシネフィルである桑原シローが、毎回、大御所から若手まで〈うたうたう俳優〉を深く掘り下げていきます。
第3回は、今年再始動した〈踊る大捜査線〉プロジェクトから生まれた新作映画「室井慎次 敗れざる者」「室井慎次 生き続ける者」の2部作に主演し、大きな注目を集めている柳葉敏郎をピックアップします。 *Mikiki編集部
シンガー・柳葉敏郎を育んだ一世風靡セピア
〈踊る大捜査線〉シリーズの最新作「室井慎次 敗れざる者」でいぶし銀の演技を披露している柳葉敏郎。そんな彼が超イケイケだった頃に展開していた歌手活動を本稿では振り返ってみたい。まずは泣く子も黙る〈一世風靡セピア〉時代の活動から。
18歳のときに秋田から上京し、劇団ひまわりに在籍。「3年B組金八先生」の第2シリーズに出演し、暴走族・魑魅怒呂のメンバーを演じるなど下積み時代を経て、ストリートパフォーマンス集団〈劇男一世風靡〉に参加する。人気番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子」のいちコーナーにおいて〈良川先生〉に抜擢されるなどちょうど上り調子の頃、ユニット〈一世風靡セピア〉が誕生、音楽がやりたい7人のひとりとしてメンバーに加わるのだった。
〈今、我に正直に生きてみたい〉というポスターでデビューを飾るという実にイカした手法で有名になった彼らの音楽デビューは、1984年6月にリリースされたシングル“前略、道の上より”。〈素意や(ソイヤ)〉という威勢の良い掛け声と共にダブダブのズートスーツ姿で激しく舞い踊る姿(劇団☆新感線や第三舞台などの仕事で知られる川崎悦子の振付師としてのデビュー作でもある)は瞬く間に全国に知れわたり、シングルは大ヒットを記録。そんなグループの先頭に立っていたのが、アクロバティックなダンスと眼光の切れ味がひと際鋭いジョニーこと柳葉だった。
ニューウェイブの香りが濃厚なシンセサウンドをベースに、太鼓や三味線といった和楽器をウワモノとして加えたロック調のダンスミュージック。最初の頃の一世風靡セピアの楽曲の主軸を成していたのはこういったタイプであったとひとまず言うことができるだろう。当時の彼らはボーカルグループというよりは舞踏パフォーマンス集団といった風情で、デビューシングルのB面に収められた語り曲“セピアカラー”などはその傾向が強い(サウンド作りの要はカッコいい音楽をクリエイトするという理由でメンバーたちからオファーされた後藤次利が主に担っていた)。
一世風靡セピアの楽曲群において柳葉のボーカルはどのような役割を担っていたかというと、熱い想いをビートに乗せてガムシャラに解き放つ、といった印象があり、〈素意や〉の延長として歌があったのだと表現してしまっても許される気がする。ただし、“花鳥風月”などを聴いていると真っすぐな〈歌心〉が転がり落ちてきて思わずハッとさせられるし、シンガー・柳葉敏郎を育んだ環境がこのグループであったことはたしかだ。