
“デイ・ドリーム・ビリーバー”をヒットさせられなかったら全員クビ!
――ただ、今作の内容を見ると、当時のプレスキットとかはすごい熱量ですよね。最初は業界内でもそれほど注目されていなかったタイマーズをここまで盛り上げようということになったきっかけって、何だったんですか?
「それは完全に“デイ・ドリーム・ビリーバー”ですね。近藤さんが曲を聴いて、〈これはすごい!〉と。それで石坂(敬一/当時の東芝EMI邦楽の最高責任者)さんとか、全員が会議室に集まって“デイ・ドリーム・ビリーバー”を聴いたんです。中には清志郎さんに対してあんまり良く思ってない役職者もいたんですけど、聴き終わったときに満場一致の拍手が起こって、石坂さんが〈これはすごい! カバーじゃなくて清志郎のオリジナルだ! これをヒットさせられなかったら全員クビだ!〉って檄を飛ばして(笑)。そこからプロジェクトが動き出して。
タイマーズの広島でのライブを近藤さんや音楽評論家の北中正和さん、漫画家の若林健次さんたちと観に行ったんですけど、それもすごいライブだったんですよ。“総理大臣”とかもやっていました。それで、ますます熱が高まっていったんです」
――それこそ“総理大臣” や“原発賛成音頭”みたいな曲を歌っていたタイマーズが“デイ・ドリーム・ビリーバー”みたいなポップスを歌うのは、意外じゃなかったですか。
「もともと清志郎さんはザ・モンキーズが好きだったのと、正直なところ〈そろそろシングルヒットが欲しいな〉という気持ちもあったんじゃないかと思います。そういった意味で“デイ・ドリーム・ビリーバー”は清志郎さんが作りそうな曲で、カバーだけどオリジナリティもあって、誰もが求めてたような曲だったと思うんです。
当時はバンドブームだったので、例えば今の米津玄師さんや藤井 風さんみたいなタイプのソロアーティストは少なかったんですよ。新人で当たってるアーティストはほとんどがバンドだったので、リズムやビートを前面に出す曲が多かったし、歌を前面に出したミディアム調の曲が少なかったんですよね。
そんな中で“デイ・ドリーム・ビリーバー”は、あの年齢に達したキャリアの人にしかできない曲で、しかも中高生が聴いても〈この曲いいな〉って思える曲だった。〈忌野清志郎だから〉っていうことじゃなくて、作品として前情報なしに聴いたときに一般の人にも伝わるポップスだった。それこそ、ジョン・レノンは“Imagine”や“Jealous Guy”みたいな繊細な曲も歌うけど、一方で“New York City”や“平和を我らに(Give Peace A Chance)”のような曲も歌うので、そういう感じだったと思います。
僕はアジテーションが強い攻撃的な清志郎さんの曲も好きなんですけど、“デイ・ドリーム・ビリーバー”はそこを完全に突き抜けた曲だし、“スローバラード”に匹敵するぐらいの曲だったと思います」
バンドブームと勝負したアコースティックサウンド
――結果、今や代表曲の1つになっていますもんね。先ほどバンドブームの話が出ましたが、タイマーズがアコースティック編成で演奏していたのは、バンドブームへのアンチテーゼもあったと思いますか?
「電気を使わない楽器というのは、『COVERS』の(反原発の)ことがあったからだと思いますけど、清志郎さんは世の中の反対に行く人ですから、バンドブームに対してのアンチテーゼもあったと思います。
それともう1つ重要なのは、あれはバンドブームで出て来たバンドにはできないサウンドだってことなんですよ。タイマーズは、それを前面に押し出したんだと思います」
――〈RCは知らないけどタイマーズは好き〉っていうパンク/ハードコアバンドの人は少なくないですが、タイマーズの実際の音楽性はルーツミュージックに根ざしたものじゃないですか? 清志郎さんの活動の中でもここまでカントリーやブルースをそのまま前面に出しているバンドってないような気がします。
「RCがバンド編成になってから、意図的にそういうのはやってなかったですよね。まあ、やってはいるんですけど、アコースティック楽器を使っていたわけじゃないし、エレキ編成でGee2woのシンセが前面に出ていたりしていたので、いかにもルーツミュージック風にはならなかったんだと思います。
バンドブームではパンクやハードロックを基にした音楽性のバンドが多かったから、それ以外のところで何かないかと思ったときに、アコースティックでビートを鳴らしてやる音楽がいいんじゃないかということで、ブルースやカントリーを応用していったんじゃないかと思います。当時、清志郎さんは唯一、THE BLUE HEARTSのことは良く言っていたんですけど、それは彼らがルーツミュージック的な音楽をエレキに持ち換えてやっていたからだと思います。
そういう意味では、タイマーズは当時のバンドブームと勝負していました。バンドブームから出てきたバンドたちには絶対できないこと、全然ルーツが違う音楽をやって対抗するっていう。だから、当時タイマーズは〈パンク〉って言われたことがほとんどなかったんです」