Mr.Childrenが通算21作目のオリジナルアルバム『miss you』をリリースした。全て新曲で埋め尽くされた同アルバムは、デビュー30周年を経て、桜井和寿、田原健一、中川敬輔、鈴木英哉の4人の絆を感じさせるとともに、次なる航海へと挑むバンドの覚悟も刻まれた作品である。
〈国民的バンド〉〈モンスターバンド〉といった言葉で形容されるMr.Childrenは、どんな旅を経て『miss you』に辿り着いたのか。本記事では『miss you』にいたるまでの道のりをオリジナルアルバムとともに辿っていく。前編に続く後編では、『シフクノオト』から『SOUNDTRACKS』までの10作品を紹介する。 *Mikiki編集部
『シフクノオト』(2004年)
“Replay”がポッキーのCMソングだったり“CROSS ROAD”がドラマ「同窓会」の主題歌だったりと初期からタイアップが多く、そのため90年代以降の日本のポップカルチャーや人々の生活に常に寄り添っていたとも言えるMr.Childrenの音楽。世代ドンピシャな私にとって、本作もやはり“Any”や“HERO”、“PADDLE”がNTTドコモのCMだったな、と20年ほど前の空気を昨日のことのようについ思い出してしまう。そんな中、“くるみ”との両A面シングルとしてリリースされた“掌”は衝撃的だった。同曲のリリース以前の2002年7月、桜井に小脳梗塞の疑いがあると所属事務所が発表、バンドは活動休止に追い込まれた。12月にはシングル“HERO”のリリースと一夜限りのライブをおこなったものの、完全復活は果たせず(これには鈴木との意見の相違があったと言われている)。彼らが本格的にカムバックを果たしたのは、2003年11月発表のシングル『掌/くるみ』だったのだ。“掌”は、非タイアップ曲だった。つまり、リリースされるまでどんな曲かがわからなかった。はたして“掌”は奇妙なビートと暗いギターリフから始まる極めてダークな曲で、復帰ソングにしてはあまりに重かったのが忘れがたい。今までのミスチルとは明らかに違う……。歌詞は傷つけあうしかない人間のコミュニケーションのあり様を描き、SNS全盛時代の現在の予言のようでもある。さらに本作には、“タガタメ”のような壮大なメッセージソングも収録されている。ポップソングで〈被害者〉〈加害者〉なんて言葉が歌えるのか……と、この曲もかなり衝撃的だった。2003年に始まったイラク戦争が影を落としたのだろう分厚くタフな作品だが、柔らかな表情も見せ、タイトルが〈至福の音〉〈私服の音〉〈至福note〉のトリプルミーニングになっている通り優しいアルバムでもある。個人的なフェイバリットの“PADDLE”は、聴き味は軽快だが4人の演奏にはロックバンドとしての鋭さがあり、アルバムの二面性を表しているようにも聞こえる。ちなみにアートワーク面では信藤三雄とのタッグを終え(シングル“旅立ちの唄”で再タッグ)、佐藤可士和が担当。あらゆる面で転機作だった。 *天野
『I ♥ U』(2005年)
桜井は2003年、小林武史、坂本龍一と環境問題に取り組む非営利組織〈ap bank〉を設立、翌年にBank Bandを結成して初作『沿志奏逢』を制作した。2005年には〈ap bank fes〉も開始。桜井としては、同バンドとの比較や差別化の思いをMr.Childrenとしての新作である本作に込めていたようだ。4曲がすべてA面という異色の先行シングル『四次元 Four Dimensions』も、パッケージとして思い出深い。アルバムの幕開けを飾る“Worlds end”は、四家卯大ストリングスが並走はするものの、4人の演奏には疾走感と衝動性と一体感があり(特に手数が多い鈴木のドラミングが最高)、〈Mr.Childrenというバンド〉を生の音として吐き出しているかのよう(ちなみに歌詞を聴くとわかるが、曲名は〈世界の終わり〉ではなく〈世界の果て〉のことだろう)。続く“Monstar”はスパイかハッカーのような闇社会を生きる主人公のドラマを歌うダークな曲で、ストーリーテラー・桜井の手腕が光っている。“僕らの音”も、純粋なラブソングに奥行きをもたらす桜井の歌詞が素晴らしい。その前に置かれた“未来”(ホンキートンクなロックのAメロからサビでガラッと雰囲気を変える様が見事)や次の“and I love you”、人気曲“CANDY”とともに、本作の核になっている。ドラマ「オレンジデイズ」の主題歌として忘れがたい“Sign”は、桜井のあまりに優しい歌い口と抑制的な演奏、センチメンタルなピアノが感動を誘う名曲。アルバムの後半は、内面の葛藤を叫ぶ“ランニングハイ”、歌とアコギとオルガンと手拍子を中心にした“Door”、アイロニカルな“跳べ”、コンドームをモチーフにした“隔たり”、やるせない“潜水”と、やけっぱちだったりヘビーだったりする曲が並び、前半とは対照的。ちなみに〈LOVE〉がハートマークに、〈YOU〉が〈U〉になっている記号的なアルバムタイトルは、ストレートな題を掲げながらもそこにひねりを加えている、ということなのではないか。丹下紘希のアートワークも効いている。 *天野
『HOME』(2007年)
奇妙なエレクトロニックビート、バンドの激しい演奏、桜井の言葉にならない叫びとともに始まったかと思えば、ロックアンサンブルの土臭さとホーンセクションの爽やかさが融合した“Wake me up!”へ。Mr.Childrenのアルバムは開幕や導入が常に重要だ。身近な居場所、当たり前のこと、つまり〈HOME〉をテーマにした本作において、“彩り”は大事な一曲だろう。同曲では、背伸びや無理をしながらも、些細で小さく日常的な仕事や作業こそが大事なんだと歌いかけている(桜井が自身に言い聞かせているところもあるかもしれない)。〈大きな物語〉や大文字の〈社会〉や世間と個人との関係を歌ってきた桜井らしい、当時の着地点が刻まれている曲だ。〈自分のことばかりいつも主張して/君の言葉なら上の空で聞いて〉(“Another Story”)、〈言ってしまえば僕らなんか/似せて作ったマガイモノです/すぐにそれと見破られぬように/上げ底して暮らしています〉(“フェイク”)といった自虐やアイロニーもあるものの、それより足元や土台を自省的に見つめ直すことが優先されているのが本作。軽快なビートと田原のギターリフ、桜井の駆けのぼっていくようなメロディが素晴らしい“箒星”も収録されているが、中でも井上由美子脚本の衝撃的なドラマ「14才の母」の主題歌だった狂おしい“しるし”は、ミスチル史上もっとも強力でストレートなラブバラードでは。〈ダーリン ダーリン〉と虚飾なしに呼びかけるサビは、Mr.Children以外には表現不可能な愛の形に思える。Salyuの参加、“フェイク”“ポケット カスタネット”のハードな電子音、“PIANO MAN”のスウィングジャズなど、音楽的な試みも充実している。なお広告を除くと、アートディレクター・森本千絵とのタッグは本作からになる。 *天野