©Frances Carter

 ザ・ベスは、2014年にニュージーランドのオークランドで結成されたインディー・ロック・バンド。メンバーはエリザベス・ストークス、ジョナサン・ピアース、ベンジャミン・シンクレア、トリスタン・デックの4人。アルバムはこれまでに『Future Me Hates Me』(2018年)、『Jump Rope Gazers』(2020年)、『Expert In A Dying Field』(2022年)の3枚を残している。特に3作目は本国でチャート1位を獲得し、PitchforkとRolling Stoneが2022年のベスト・アルバム・リストに入れるなど、国内外で高い評価を受けた。その勢いはバラク・オバマ元米国大統領の耳にも届き、翌年には彼が毎年発表するサマー・プレイリストで“Watching The Credits”がピックアップされている。

 エリザベスとジョナサンはオークランド大学でジャズを学ぶなど、4人の音楽的背景には学術の文脈が混じっている。しかし、鳴らすサウンドはギター・ポップだ。流麗なコーラス・ワークと中毒性の高いメロディーが際立ち、ジャズの要素は見られない。4人はオールウェイズやライロ・カイリーなどを影響源に挙げている。しかし、筆者がザ・ベスを初めて聴いて脳裏に浮かんだのは、ニュージーランドで生まれたダニーデン・サウンドだ。80年代に起きたこの音楽/文化ムーヴメントは、ニュージーランドにインディー・ロック・シーンが根づくきっかけとなり、ルック・ブルー・ゴー・パープルやスニーキー・フィーリングスなど数多くの良質なバンドを輩出した。ローファイかつジャングリーなギターを多用し、のどかな雰囲気を醸す曲が多いというダニーデン・サウンドの特徴は、ベスの音楽性と重なるところがある。US/UKインディーの文脈で楽しむなら、ダーティー・プロジェクターズ、パステルズ、マッカーシーあたりのバンドを連想できるかもしれないが、それ以上に4人のサウンドからはニュージーランド色を感じる。

THE BETHS 『Straight Line Was A Lie』 Anti-/Silent Trade(2025)

 そんなザ・ベスのニュー・アルバムが『Straight Line Was A Lie』だ。先述の3作品をリリースしたカーパークではなく、アンタイにレーベルを変えてのアルバムとなった本作には、前作の成功後にエリザベスがバセドウ病とうつ病に罹ったことが反映されている。〈今年で私は死ぬ〉と歌われる“No Joy”を筆頭に、悲観的感情が随所で窺える。スティーヴン・キングやロバート・A・カーロの著作に影響を受けて書かれた歌詞は、人生がうまくいかないものだと認めたうえで生きるしかないという、達観と諦念が入り交じった視座を隠さない。本作のプレスリリースでエリザベスは「人生が思い通りにいくなんて幻想でしかない」「常に自分をメンテナンスし続けていくだけなんだと思う。でも、その維持を通じて人生の本質を見い出せるのではないか」と語っているが、この姿勢は自らの選択によって自分という存在を確立していく実存主義の考えに近い。それを従来よりもさらに詩的な形で表現した本作の言葉は、聴き手に知的興奮をもたらす豊富な語彙が光る。

 アレンジが多彩なのも本作の特徴だ。ペイヴメントやダイナソーJrに通じるノイジーなギターと軽妙なメロディーが印象的な表題曲、アコースティック・ギターの柔和な音色が映えるアメリカーナ調の“Mosquitoes”など、4人の引き出しが増えたとわかる曲群を収めている。なかでも、母親と繋がりたいのに溝が埋まらないというエリザベスの心情が綴られた“Mother, Pray For Me”は、飾り気のないシンプルなアレンジと歌声が耳に染みわたる美しい曲だ。エリザベスの呼気がはっきりと聞こえるくらい歌声を前面に出したミックスは、ニック・ドレイクの作品群を思わせる。

 『Straight Line Was A Lie』は、結成して10年以上経ったいまのザ・ベスだからこそ紡げる悟りとビタースウィートな情動が行き交うアルバムだ。4人が示してきたシニカルな視点を保ちつつ、エリザベスの自虐的な言葉が目立っていた歌詞は以前よりも優しさや温もりを増している。このような変化は、幾多の経験によって社会の荒波に飲まれない術を覚えて大人になっていくという、ほとんどの人が歩む道を通ったからこそ得られたものだろう。ゆえに本作は、多くの聴き手が共鳴できる普遍性が色濃い作品となった。

 


ザ・ベス
エリザベス・ストークス(ヴォーカル)、ジョナサン・ピアース(ギター)、ベンジャミン・シンクレア(ベース)、トリスタン・デック(ドラムス)から成るニュージーランドのバンド。2014年に結成され、2018年にカーパークから初のアルバム『Future Me Hates Me』を発表。同作がPitchforkで高く評価されて国内外で支持を拡大していく。今年に入ってアンタイと契約し、通算4作目となるニュー・アルバム『Straight Line Was A Lie』(Anti-/Silent Trade)を8月29日にリリースする。