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〈ドイツ作曲界の改革者としてのメンデルスゾーン〉を正しいスケールで再現――ラハフ・シャニ、“スコットランド交響曲”の新譜にこめる思い

 イスラエルの指揮者、ラハフ・シャニ(1989年、テルアビブ生まれ)は2025年6月に首席指揮者を務めるロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団と日本ツアーを行い、大きな成功を収めた。オランダの中核都市の充実した文化状況を基盤に安定して血の通ったアンサンブルを築き、温かくエネルギッシュな表現で魅了する同フィルのアイデンティティーは1979年の初来日(エド・デ・ワールト指揮)以来一貫しているが、シャニはそこにHIP(歴史的情報に基づく再現)の視点を取り入れ、作曲家の真髄に迫る気概を強く印象付けた。最新盤の交響曲第3番“スコットランド”をメインとするメンデルスゾーン作品集(ワーナー)にも、そうしたシャニの音楽観がはっきりと現れている。

LAHAV SHANI, ROTTERDAM PHILHARMONIC ORCHESTRA 『メンデルスゾーン:交響曲第3番《スコットランド》他』 Warner Classics(2025)

 録音はロッテルダム・フィルの本拠地、優れた音響で知られる〈デ・ドゥーレン〉で2022年6月20~23日、2024年11月26日の2回のセッションで完了。冒頭に“スコットランド”を置き、次に「滅多に演奏されませんが、非常に洗練された作品です」と考える序曲“静かな海と美しい航海”、残りは本来ピアノ独奏曲の“無言歌集”から“失われた幸福”“ヴェネツィアの舟歌”“紡ぎ歌”の3曲をシャニ自身のオーケストラ編曲でフィルアップしている。「とても良いコンビネーションだとは思いませんか?」

 “スコットランド”はクリストファー・ホグウッド校訂によるベーレンライター原典版のスコアに基づき、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分けた対向配置(演奏会でもシャニとロッテルダム・フィルのデフォルト)の弦楽器群とともに録音した。「メンデルスゾーンは後のシューマン、ブラームス、ワーグナーにつらなるドイツ・ロマン派管弦楽のパイオニア、改革者であり、第2ヴァイオリンにも内声の補強ではなく、独立した声部としての役割が与えられているので、録音でも対向配置しかあり得ません」

 フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-1847)は短い生涯に膨大な作品を遺す一方、1829年のJ. S. バッハ“マタイ受難曲”の復活蘇演、1839年にシューマンが発見したシューベルトの交響曲第8番“ザ・グレート”の初演指揮を実現するなど、確かにドイツ音楽史の改革者でもあった。「ベートーヴェンからシューベルトにかけての交響曲とは明らかに異なる次元の管弦楽法を考案、ホルンの扱い方はワーグナーにも大きな影響を与えました。豊かな弦の絨毯の上に木管がリリカルでメランコリックに歌うバランスでも、特筆に値します」。こう語るシャニの“スコットランド”は彫り込みの深い弦が明確にフレーズを刻み、管楽器が多彩なアクセントと表情を与えながら、スケールの大きい音楽を造形していく。メンデルスゾーンはユダヤ系だったために第二次世界大戦中、ナチス政権が演奏や研究を封じ込めた後遺症が戦後も続き、ホグウッドらによる〈ルネッサンス(復興)〉が本格化したのは、1980年代と遅かった。

 シャニの堂々とした演奏は、短命や封印といったメンデルスゾーンの無念を晴らすに足るだけの説得力を備える。ロッテルダム・フィルの味わい深い音色も、現代では希少の価値を発揮する。「世界のオーケストラの多くでレコーディングやツアーの増加による均質化が進んだなか、ロッテルダムはウィーン・フィルやベルリン・フィル、ミュンヘン・フィル、イスラエル・フィルなどとともに、独自の音色が世代を超えて受け継がれてきた貴重な存在です。ちょうど人体の細胞が10年で全て入れ替わっても同じ人間であるように、1930~40年代からの良い音の伝統がここには残っています」

 「これほど素晴らしいメンデルスゾーンを指揮できるのなら、次は最高傑作のオラトリオ“エリア”を聴かせてください」とリクエストすると、驚くべき答えが返ってきた。「父は合唱指揮者です。私がまだ19歳か20歳でピアニストを目指していた頃、父の急な代役で生まれて初めて指揮したのが“エリア”でした」。ぜひ期待しよう!

 


ラハフ・シャニ(Lahav Shani)
1989年にテルアビブ生まれ。ハンナ・シャルギのもと6歳でピアノを始め、ブッフマン・メータ音楽学校でアリエ・ヴァルディのもと研鑽を積んだ。その後、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学でクリスチャン・エーヴァルト、ピアノをファビオ・ビディニに師事。2013年、バンベルクのグスタフ・マーラー指揮者コンクールで優勝。2016年6月には、ラハフ・シャニは指揮者、そしてソロ・ピアニストとしてロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団にデビュー。2018年9月にヤニック・ネゼ=セガンよりバトンを引き継ぎ、楽団史上最年少でロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任。