(左から)伊佐津さゆり、渡辺邦子

ピアニストの伊佐津さゆりと、箏奏者の渡辺邦子によるジャズ・イリゼ。新作『シネマ・ソングスII ~スカボロー・フェア~』は、タイトルからもわかるように、好評だった昨年のアルバム『シネマ・ソングス ~シェルブールの雨傘~』につづく映画音楽曲集の第2弾になる。

今回もふたりが観てきた名画を中心に楽曲を選び、その名曲を伊佐津さゆりがアレンジして、箏と尺八という和楽器と、ピアノとベース、ドラム、サックスといった洋楽器がコラボレーションを展開する。それぞれが経験豊富なミュージシャン。技巧はもちろんのこと、経験に裏打ちされた熟練のチャレンジがリスナーの発見になる。そんなアルバムについて話をうかがった。

ジャズ・イリゼ 『シネマ・ソングスII ~スカボロー・フェア~』 Jazz Irise(2025)

 

好評を受けた『シネマ・ソングス』第2弾は幅広い時代から選曲

――前作が好評だったと聞いています。実際にはどんな反響が得られたのでしょうか。

伊佐津さゆり「ホールからの依頼でコンサートを、何百人も入るような会場で『シネマ・ソングス ~シェルブールの雨傘~』からの楽曲を演奏したんですが、すごい反響だったんですね(2024年6月23日に長野・佐久市コスモホール 大ホールで開催された〈トワイライトコンサート Vol. 11「信州で紡ぐ大人のジャズセッション」〉)。曲が終わるたびに拍手がすごくて。その時は箏と尺八、ベース、ピアノという編成だったんですが、よく知る映画音楽も和楽器で奏でると違う感動があるといった声を終演後のアンケートで聞くことが出来ました。観客のみなさんの笑顔を見ることが出来ましたし、本当に驚くほどの大反響が得られました」

――その大反響が第2弾への背中を押した感じでしょうか。

渡辺邦子「数ある映画音楽のなかで、この曲もいいね、というのがまだまだたくさんあったものですから。ならば、もう1回という感じで、去年とはまた異なる欲も出てきたので、第2弾を制作するという選択になりました」

伊佐津「最初は他のジャンル、クラシックやポップスの曲を演奏することもちょっと考えてはみたんですけれど、でも、これだけ観客のみなさんに喜んでいただけたってことが、もう一度シネマソングスを選んだ大きな理由です」

――選曲は悩みましたか? 1950年代の名画「愛情物語」から、「パイレーツ・オブ・カリビアン」のような2000年代以降の映画まで幅広い時代の作品からの選曲になっていますよね。

伊佐津「古い時代の映画であっても、『愛情物語』の“ノクターン”は一般的によく聴かれているメロディーですし、反対に『パイレーツ・オブ・カリビアン』の“彼こそが海賊”を選んだ理由は、コンサート会場に中高生のような若い人の姿があったのもありますし、学校の吹奏楽で演奏されている曲でもあるんですよね。最終的にいろいろな時代から選曲しました」

渡辺「“シング・シング・シング”もオリジナルは1930年代だったかしら、古い曲です。でも、2004年の映画『スウィングガールズ』で演奏されたので、若い世代にも耳馴染みのある曲ですよね」

――そういう意味でも音楽が接点になっている映画って結構ありますよね。おふたりもご覧になった想い出の映画から、やはり選びたくなりましたか?

渡辺「映画館で観た作品は、シーンでも、音楽でも心に残っているものがあります。音楽と映画が結びついて、さらにその時の自分の想い出とも重なって忘れられない作品って結構ありますよね」

伊佐津「コンサートの観客からも演奏を聴いて、映画がとても懐かしく思い出されたといった声をいただいているので、観た映画というのは選曲の理由になっています。

ですが、私の場合は、小学校低学年の頃にヤマハ音楽教室でエレクトーンを習っていて、映画音楽曲集を練習で弾いていたんです。なので、子供の頃から馴染みのある、そういう意味で懐かしいという曲も選んでいます。たとえば、“追憶”や“スカボロー・フェア”、“風のささやき”、“踊りあかそう”などがそうです」

 

躍動的にスウィングする箏

――では、それぞれの曲についてうかがっていきたいのですが、“シング・シング・シング”は箏で弾くのに苦労したそうですね。

渡辺「箏の奏法に、〈スウィング〉というものはないんですよね。現代曲だとたまにあったりしますが。なので、最初はどう弾いたらいいのかという苦労がありましたが、弾けるようになってからはこの曲にハマってしまって(笑)。あのリズム感がちょっとクセになっている感じです。これはCDのライナーノーツにも書かせてもらいましたが、軽快なリズムに心地好さがあるというか、弾いていて心が弾んでくるので、今ではとても好きな曲になっています」

伊佐津「邦子さんとはもう何年もやらせてもらっているので、アレンジを考える時に、箏だったら弾きにくいかなとか、特にソロパートでは思うのですが、でも、反対に箏でこんな風に弾いたらおもしろいんじゃないかとも思うんですね。だから、“シング・シング・シング”でも同じ音の連打になってしまったり(笑)。それでも箏ならではのニュアンス、他の楽器にはない演奏が出ると思ってアレンジしています」

――アレンジで斬新だと思ったのが“ロミオとジュリエット 愛のテーマ”です。いきなり箏のソロで始まって、終盤のソロがハッピーエンドとはならないラブストーリーの哀しみを表現しているように感じられますが。

渡辺「箏と尺八の対話から始まって、途中でドラムやピアノが加わった時に、わずかな期間ではあったけれど、ロミオとジュリエットが送った楽しい結婚生活が思い出されてくるんですね。哀しいラブストーリーのなかにあってもふたりの幸せ、歓びが感じられるアレンジになっていると思います。

そして、物語は幸せな結末になればいいんですが、そうはならない。その結末に辿りつくまでの空想のシーンが終盤のソロで表現されている。さゆりさんのアレンジをそんな風に感じて演奏しています」

――伊佐津さんがアレンジを考える時は、やはり映画のストーリーを意識しているのでしょうか。

伊佐津「全体的なイメージとしては映画のストーリーは考慮しますが、でも、そこに自分の色を重ねています。場面の展開などを表現したい時は転調を入れたりしますが、コード進行などはどうしても自分好みのものになってしまいますね(笑)」

 

スリリングな転調にも手慣れた対応

――気になるアレンジのひとつに、“ノクターン”があります。優雅でありつつ、明るい爽やかな“ノクターン”が新鮮です。こういう曲にした理由とかってありますか?

伊佐津「理由というより、作曲する時と同じようにアレンジも、アイディアが降ってくる感じなんです」

渡辺「そこがさゆりワールドだと思うんですね。場面展開というのか、このメロディーがここに来る!っていう、弾いていてもワクワク、ゾクゾクするスリルがあって、それがとってもいいと思います。転調が多くあって、箏の演奏上は大変ではあるんですが、そこがまたいいところです」

――前作のインタビューでも箏の転調の場合、箏柱(ことじ)を動かすことでチューニングするので、大変だと言っておられましたよね?

伊佐津「それを知っていても、転調がやめられないんですよ(笑)」

渡辺「13本ある絃のうち10本は、転調のために箏柱を動かさなくてはいけない曲が今回もありまして。でも、それがないと、曲がおもしろくないというか、同じ調で弾き続けるのはね……。聴いている方の楽しみにもなっているので、転調は大事だと思います。

ただ、早いテンポの曲、“彼こそが海賊”や“踊りあかそう”などはスリルがあっていいのですが、失敗しないように神経を使います。転調はどうしても耳に集中して音程を確かめるので、手慣れていないと、やるのは難しいと思いますが、その代わりに曲の内容を豊かにしてくれます」

 

ジャズ・イリゼの音楽をともに奏でる心強い4人のメンバー

――今回も尺八の渡辺淳さんが参加されていますが、演奏によって尺八がフルートのように聴こえます。これは、意図的にそういう吹き方をされているんでしょうか。

渡辺「尺八は、吹き方によってフルートに似せる場合もあります。一方で、昔から伝わっている古典では竹の音を出す、音味(ねあじ)というものが求められます。今の尺八奏者は、両方出来ないと、なかなか活動が難しいかと思います。

もちろん江戸時代から伝わっている古典、純粋な邦楽だけを演奏している方もいらっしゃいます。渡辺淳の場合は、洋楽器と共演することも多く、五線譜で曲が演奏出来たり、コードを勉強して理解しているので、洋楽器とのコラボが出来るのだと思います」

――では、ここでレコーディングに参加したメンバーをご紹介いただけますか。

伊佐津「ベースの中島仁さんは安曇野の方で、普段はご自身のトリオで活動しながら他のユニットとの共演にも積極的なので、私たちジャズ・イリゼもいろいろとご一緒させてもらっています。

ドラムの河村亮さんは、サックスの太田剣さんのバンドで活動されている方で、剣さんにご紹介いただきました」

――その太田剣さんとのお付き合いは? メジャーデビューもされているサックスプレイヤーですが。

伊佐津「ここ13年くらい私は、〈信州ジャズ〉というコンセプトのユニットで活動しているのですが、剣さんは途中からメンバーになっていただきました。その流れでジャズ・イリゼでもお世話になっています。

実は、クレジットなど表には出ていませんが、演奏のみならず、隠れエグゼクティブプロデューサー的な存在でして、アルバムジャケットのデザイン、動画制作なども手懸けてもらっています。曲順も私たちだけだと迷って、なかなか決めらないので、それも剣さんに相談しましたし、ミックスダウンなど曲の仕上がりにもいろいろご提案をいただいています」

 

伝えたい感動があるから演奏する

――そうだったんですね。ゲストプレイヤーかと思っていました。ところで、今回のサブタイトルに“スカボロー・フェア”を選んだのはどういう理由からですか?

伊佐津「ここも迷いました。他に“ピンク・パンサーのテーマ”や『パイレーツ・オブ・カリビアン』の劇中歌も候補になりましたが、“スカボロー・フェア”は伝統的な曲ですし、ジャズ・イリゼに一番合うということで決めました」

渡辺「私の若い頃、サイモンとガーファンクルの歌、特にあのハモリは一回聴いたら忘れられないものでした。このCDを聴く方もおそらく同世代が多いと思うので、そういう印象を持っているんじゃないかなと……」

――完成されたアルバムは聴かれましたか? そのうえでどんなところに注目して欲しいと思われますか。

渡辺「バリエーションがあるので、そこも楽しんでいただけるかなと思います。箏に関しては、“ピンク・パンサーのテーマ”の弾き方におもしろいところがあるのと、曲の後半でサックスと演奏が重なっているのですが、そのあたりを注目していただけると嬉しいです。そして、“風のささやき”での渡辺淳の尺八もすごくいい感じになっていると思います」

――“ピンク・パンサーのテーマ”の演奏をもう少し具体的に教えていただけますか。

渡辺「箏は左手で絃を押したり離したりすることで半音あげる楽器です。その手法を使って五線譜でタタン、タタンとなっているところをツーツーツーと弾くと、雰囲気がすごく変わるんですが、こういう演奏法は洋楽器にはないんですね。

こんなサウンドにならないかなといろいろ試すのですが、そこに洋楽器が加わると、また別の響きに包まれることがあります。箏は、余韻が少ない楽器で、弾くと数秒で音が消えてしまうんですが、サックスが入ってくると、その音をもっと盛り上げてくれるので、弾いていて心地好いです。そういうことからも洋楽器とのコラボはすごく気に入っています」

――前作でのインタビューでもグリッサンド奏法を駆使することなく、メロディーを丁寧に弾きたいと言われていましたが、今回はさらにメロディーを弾く箏の音が際立っていますよね。

渡辺「箏は、タッチによって音が強くも弱くもなるんですが、弱い音であっても〈通る音〉を目指しています。それによって心に残る音が生まれると思うので。まだまだ未完成ですけれども、生涯かけて、メロディーラインの音色、その節がどのように人に伝わるかを追求していきたいと思っています」

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

伊佐津「ジャズ・イリゼとしては4作目になります。だいぶこのユニットの音楽の世界観が集約されてきたというか、理想とする音楽のカタチが出来てきたかなという感想を持っています。

ただ弾くのではなく、伝えたいものがあるから演奏する。音楽で感動を伝えられたら最高だという思いでアルバムを作りました。それが少しでもみなさんに届いたら幸せだと思っています」

 


RELEASE INFORMATION

ジャズ・イリゼ 『シネマ・ソングスII ~スカボロー・フェア~』 Jazz Irise(2025)

リリース日:2025年10月6日(月)
品番:JZIR-004
価格:3,000円(税込)

TRACKLIST
1. スカボロー・フェア
2. ノクターン
3. 彼こそが海賊
4. ロミオとジュリエット
5. ピンク・パンサーのテーマ
6. シング・シング・シング
7. エデンの東
8. 風のささやき
9. 踊り明かそう
10. 追憶

■Jazz Irise
伊佐津さゆり/Piano
渡辺邦子/箏 -Koto-

■support musicians
中島 仁/Bass
河村 亮/Drums
渡辺 淳/尺八 -Shakuhachi-
太田 剣/Saxophones

2025年 松本/横浜録音

 

LIVE INFORMATION
“年の瀬の“
ジャズ・イリゼ特別演奏会2025 〜【和楽器 × 洋楽器 】丁々発止のコラボレーション〜 

2025年12月21日(日)長野・松本 信毎メディアガーデン 1Fホール
出演:渡辺邦子(箏)、伊佐津さゆり(ピアノ・編曲)、渡辺淳(尺八)、太田剣(サックス)、中島仁(ベース)、河村亮(ドラムス)
演奏曲:アランフェス協奏曲/ゴリウォーグのケークウォーク/民謡の旅メドレー“ソーラン節”“五木の子守唄” ほか
ご予約・お問い合わせ:ジャズ・イリゼ事務局 090-8871-5419
チケット取り扱い:(窓口)信毎メディアガーデンまちなか情報局 0263-32-1150(平日9:00~18:30)/(WEB)信毎メディアガーデンWebショップ/(店舗)琴光堂和楽器店 0263-32-3255
主催:信毎メディアガーデン

■信毎メディアガーデン
住所:長野県松本市中央2-20-2
TEL:0263-32-1150
オフィシャルサイト:https://www.shinmai-mediagarden.jp/

 


PROFILE: 渡辺邦子
松本市出身/在住。生田流正派邦楽会大師範山口雅将へ入門・師事。正音楽院第8期卒業。1994年リレハンメル冬季オリンピックでの演奏はか、海外公演も多数、正派音楽院卒業生による〈箏カプリース〉での活動でも知られる。和楽器と洋楽器との融合など多彩な活動を続けている。

PROFILE: 伊佐津さゆり
安曇野市出身/在住。武蔵野総音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒業。クラシックは北川子、ジャズは古川初穂に師事。2012年、デビューCD『Field』をリリース。信州長野の風景を描く音楽〈伝州ジャズ〉のCD諸作も好評を博している。

PROFILE: 渡辺 淳
松本市出身、19歳より尺八を宮田八朗に師事。2000年、第3回尺八新人王決定戦優勝。NHK邦楽橋能者育成会47期修了。古典から代邦楽、洋楽器とのアンサンブルで尺八の可能性を多岐にわたって追求している。ピアニスト金益研二とのユニット〈うみがめ〉主宰。

PROFILE: 太田 剣
早稲田大学でロシア文学を専攻する傍らジャズを習得し、国内ジャズシーンで活躍。2006年にユニバーサルよりデビューCD『Swingroove』を発表。ジャズ以外にも矢沢永吉、中村あゆみ等、ロック・ポップスのサポートなどジャンルを問わず幅広く活動している。

PROFILE: 中島 仁
安曇野市出身。コントラバスを西嶋徹、安ヵ川大樹に師事し、自身のグループでヨーロッパ系ピアノトリオサウンドを追求している。2018年リリースの第1作『Pioggia』は日本プロ音楽録音質の優秀賞を受賞。第2作『Mirror of the Mind』を2024年にリリース。

PROFILE: 河村 亮
岐阜大学教育学部音楽科で器楽奏法と音楽理論を学び、和泉正憲に打楽器を、黒田和真にドラムを開事。グレース・マーヤ、後藤浩二、紗理、高木里代子、noon、M.S.T.、牧野竜太郎、太田剣らのライブやレコーディングに参加。ジャズやポップスなどその活動は多岐にわたっている。