東京都出身。中学時代に所属していた吹奏楽部や映画「スウィングガールズ」などで、デューク・エリントン楽団の“A列車で行こう”、グレン・ミラー楽団の“Moonlight Serenade”などの楽曲に触れたことによってジャズに開眼。それまで思い描いていたクラシック音楽の演奏家になるという夢をジャズミュージシャンにシフトし、昭和音楽大学ジャズコースに入学。学生時代に近藤和彦、プロデビュー後に碓井雅史に師事した気鋭のアルトサックス奏者、江澤茜。
2021年に1stアルバム『Thaw』を発表し、2023年に第10回ちぐさ賞・優秀賞を受賞するなど、ジャズシーンでの注目度をグングン上げている彼女が、2026年2月18日に、待望の2ndアルバム『I Still Don’t Know』を発表する。共演するのは、自国アメリカで、ルイス・ヘイズやヘンリー・スレッギル、クリスチャン・マクブライドらのトップ・ミュージシャンとの共演を重ねた後の2020年に日本に拠点を移し、『Higher Intelligence』、『COAT OF ARMS』などのリーダーアルバムを発表するほか、石若駿、井上銘、TOKUら数多くのミュージシャンと精力的な演奏活動を展開しているデヴィッド・ブライアント。滋味豊かなデュオ演奏を聴かせてくれるアルバム『I Still Don’t Know』に込めた思いを江澤に聞いた。


デヴィッド・ブライアントの力強いグルーヴと繊細なハーモニー
――アルバム『I Still Don’t Know』には、デヴィッド・ブライアントとの心温まるデュオ演奏が収録されていますが、このプロジェクトはいつ頃、どのようにスタートしたのですか?
「きっかけとなったことがいくつかあるのですが、そもそものきっかけとなると、私が彼と知り合った2020年まで遡ると思います。吉祥寺にあるサムタイムというお店で、西村知恵さんのテンテットの一員として出演していた時、その年に日本に移住してきたデヴィッドがシットインしてくれたのが初めての出会い。その後、共演を重ねるようになっていきました」
――初対面が初共演というわけですね。その時のデヴィッドさんの印象は?
「たしか、その時は“Blue Moon”という曲を弾いてくれたんだと思いますが、弾き始めた途端にビックリしました。それまで聴いたことのないような、うねるような大きく力強いグルーヴが溢れ出てきて。そのうえ、ハーモニーは繊細で緻密。とても丁寧にピアノを弾かれるんですけど、インプロビゼーションはものすごく大胆。そういう相反するような味わいが共存している点に大きな魅力を感じました」
――そしてその後、共演を重ねていかれたわけですね。
「サムタイムで出会った後、彼のライブやジャムセッションに通うようになったのですが、そうした場所でのお喋りの時に、〈いつか一緒にライブをやってみたいね〉という話になって。とはいえ、デヴィッドはルイス・ヘイズやヘンリー・スレッギルとも共演しているようなすごいミュージシャン。〈本当に私が共演をお願いしてもいいのだろうか?〉と、しばらく尻込みしていたんです。
でもそのうちに、〈このまま気後れしていても何も始まらない!〉と意を決して、〈私のライブに参加してくださいませんか?〉と伝えたんです。そうしたところ、〈いいですよ。一緒にやりましょう〉と言ってくださって。そこからふたりの定期的なデュオ演奏が始まりました」
――定期的にというと、どこか特定のお店でのライブですか?
「神田淡路町にあったリディアンというお店です。そこで2020年後半から2ヵ月に一度のペースでデュオライブをやらせていただけるようになりました。お互いのオリジナルやジャズスタンダードを交えながら、とても楽しく続けていたのですが、残念なことに2023年にリディアンが閉店することになってしまいまして。
もちろん、デヴィッドとのデュオ演奏はそれ以降も他のお店でやっていますし、またレコーディングする頃には、デュオと並行して、粟谷巧さん、ジーン・ジャクソンさんを迎えたクァルテットの演奏もするようになっていたのですが、デヴィッドとのデュオというのは私にとって特別な意味を持つ音楽活動。リディアンで築きあげてきた音楽をしっかりとした形にして残したいという気持ちになったのが、アルバム制作に踏み出す大きなきっかけになりました」

デュオは演奏者同士の会話
――デュオ演奏の魅力というと?
「ストレートに、しかも緊密にコミュニケーションが取れるところです。デュオって、たとえばクァルテット、クインテット、ビッグバンドなどのような派手さもありませんし、地味な演奏に思われてしまいがちなんですけど、演奏していると、静かに言葉を交わしながら、心の深くまで入って行けるような感覚になれるんです。私もよく過去のいろいろなデュオ作品や演奏を聴きながら、演奏者同士の会話を聴き取るのが好きでした」
――よく聴いていたデュオアルバムというと?
「最初に思い浮かぶのは、スタン・ゲッツとケニー・バロンの『People Time』。あとは、デイヴ・リーブマンとリッチー・バイラークの『Double Edge』や『Balladscapes』も好きですね。最近の作品だと、ジョシュア・レッドマンとブラッド・メルドーの『Nearness』もすごく気に入ってます。それから、サックスではないですけど、ロイ・ハーグローヴとマルグリュー・ミラーのライブが収められた『In Harmony』もよく聴きます」

リルケやフィッツジェラルドなど文学から得たインスピレーション
――『I Still Don’t Know』は、全9曲中の5曲が江澤さんのオリジナル曲。どれも味わいの異なる美しい曲となっていますが、最初に作曲のルーティンについてお聞かせいただけますか?
「私は割と作曲に時間がかかるタイプですので、ルーティンというほどのものはないのですが……曲を作る時はサックスから始めることが多いかもしれません。よくやるのは、練習室でサックスを吹いている時に浮かんだモチーフや、街を歩いている時にふと思い付いたメロディをボイスメモに録音してから、それをもとにピアノでコードを付けながら進めていく手順。そのパターンが多いと思います」
――楽曲の資料を見ると、“I Still Don’t Know”や“A Beautiful Little Fool”など、文学作品の影響を受けた楽曲もありますが、どのようにして作曲のインスピレーションを得ていらっしゃるのですか?
「それほどの読書家ではありませんが、本を読んで、そこから浮かんでくる情景や雰囲気を音にするということはよくあります。以前に、遠藤周作さんの『沈黙』から思い浮かんだイメージをモチーフにして作曲したこともありますし。
たぶん私は、情景を思い浮かべながら曲を作るというタイプなんだと思います。“Walk with the Night”、“Astronaut”なども、頭の中に思い浮かんできた光景をもとにして書いた曲ですし」
――それでは、各楽曲について伺わせてください。アルバムタイトル曲“I Still Don’t Knowは”、リルケの詩からインスパイされた作品だそうですね。
「もとになっているのは、リルケの『時祷集』という詩集の〈第一部 僧院生活の書〉に書かれている一篇。この詩が大好きなんです。
リルケって、私の印象だと、ものすごく誠実な人であり、自分に厳しい人。自らの人生にじっくりと忍耐を持って向き合っている人だと思うのですが、そんな中にも自分を肯定する目線があって。〈私はまだ知らない 私が鷹なのか 嵐なのか それとも大いなる歌なのかを〉という一節を読んでいると、気持ちがふわっとポジティブな方に変換されていく感覚になれるんです。自分の身体に羽根が生えて、自由になったような感覚……それを私なりの音楽にしたのが“I Still Don’t Know”という曲です」
――“A Beautiful Little Fool”は、F・スコット・フィッツジェラルドが書いた小説「グレート・ギャツビー」の登場人物デイジーの台詞からインスパイアされた曲とのこと。Aメロが3/4拍子のワルツで、Bメロが4/4のバラード。そして再び3/4に戻るという構成になっています。
「デイジーって、泣いたり笑ったりが激しい天真爛漫なキャラクターなんです。そのコロコロ変わる雰囲気を表現したくて思い付いたのが拍子の変化。軽やかに踊ったり、感傷的になったり……そんなデイジーの姿を思い浮かべていただけたら嬉しいです」
――ブライアントさんがクラシカルなタッチのソロを弾いていて、それが小説「グレート・ギャツビー」の世界を彷彿させます。これは江澤さんが指定されたんですか?
「こういうふうに弾いてほしいというような話は特にしていません……というか、デヴィッドにはとにかく何にも言ってなくて。この曲が、『グレード・ギャツビー』と関係しているとも伝えていませんから。だから、本当に思ったまま弾いてくれているだけ。曲の中にある情感を読み取って、あのようなちょっと古典的で懐かしい感じのソロを弾いてくれたんだと思います」

写真を撮ることは心洗われる、無邪気になれる瞬間
――“Walk with the Night”と“Astronaut”については先ほど、頭の中に思い浮かんできたイメージをもとにして書かれたとおっしゃっていましたが、その時のイメージをお聞かせいただけますか?
「“Walk with the Night”の元になったのは、月明かりと街路灯だけしかない暗がりの中をひとりで歩いているような光景。悲しいことや辛いことがあった日に、ひとりで家路に就いているようなイメージなんですが……でも、そういう時にも音楽が寄り添ってくれるという気持ちを表そうと思って書いた曲です。
“Astronaut”は……私は宇宙や宇宙飛行士の仕事のようなことはぜんぜん知らないんですけど、〈宇宙にひとりで行ったらどうなるか?〉みたいな空想をもとにして書いた曲。広大な宇宙で出会う星々に対する畏怖の念を抱くかもしれないし、自分のちっぽけさや無力感を感じるかもしれない。だけど、もしかしたら、宇宙の美しさに圧倒されるかもしれない。そんなふうに宇宙の中で感じるかもしれない気持ちを想像して書いた曲です」
――“Photograph”は、聴いていくうちに心が洗れていくような味わいの曲。Bメロに入ると、ブルージーな薫りも漂ってきて、楽しさも感じられます。
「そう言っていただけてとても嬉しいです。“Photograph”は、私の趣味である写真を題材にした曲。こどもの頃から、樹々や花、空などの写真を撮るのが好きで。大人になってからちゃんとしたカメラを買って、それで写真を撮るっていうのをよくやっているんですけど、それがまさしく、心が洗われる瞬間なんです。心から無邪気になれる楽しさが写真にはあって。晴れやかな気分になったり、ワクワクしたり……万華鏡のようにいろいろな感情が湧きあがってくるんです。そんなふうに心がさまざまに変わっていく感じを表現したくて、ハーモニーや曲調などの変化を加えながら作った曲です」
――スタンダード曲も演奏されていますが、“How Deep Is the Ocean”は、おふたりのインプロビゼーションからスタートした後、それが次第に溶け合いながら、徐々にテーマが浮かび上がってくる印象的なトラックになっています。
「“How Deep Is the Ocean”は、コレクティブインプロビゼーションの演奏をアルバムに入れようと思って挑戦した曲です。コレクティブインプロビゼーションというのは、今おっしゃっていただいたように、複数の演奏者が同時にインプロビゼーションを行ない、そこから音楽を作り上げていくスタイル。2020年にデュオをスタートした頃から取り組んでいます。
シンプルなコード進行の曲を題材にすることが多いかもしれませんが、“How Deep~”は少し複雑な曲。ですがデヴィッドのおかげもあり、プレイするたびに色合いの異なる演奏になるんですね。いくつかのテイクを録って比べてみたんですが、最も新鮮な1stテイクを収録しました」

聴いてきたアルトサックス奏者の演奏が反映された音色
――どのトラックからも、芯が太くて艶やかな江澤さんらしいサックスの音が聴こえてきます。どのようにしてその音色を獲得されたのですか?
「実は、独特の音色を身に付けようと意識したことはあまりなくて。自分が聴いてきたアルトサックス奏者たちの音が反映されているのかもしれません。一番最初に知ったアルト奏者がポール・デスモンド。それからもちろん、チャーリー・パーカーやジャッキー・マクリーン、ソニー・スティットもよく聴きました。その他にも、リー・コニッツやアート・ペッパーのようなウェストコーストの人たちやオーネット・コールマン、ジョニー・ホッジスも好きです。そういういろいろな人に近付きたいと思ってやっているうちに辿り着いた音のような気がします」
――最後に、アルバムを作りあげた今のお気持ちをお聞かせください。
「実は、今回のアルバム『I Still Don’t Know』は、私にとって初の自主制作アルバム。デヴィッドさんはもちろんなんですが、レコーディングエンジニアのニラジ・カジャンチさん、写真家の中村治さん、デザイナーの和田陽介さんという、私が大好きで信頼している方たちの力をお借りしながら、自分の作りたい音楽をそのまま形にすることができたことをものすごく幸せに感じています。
とはいえ、その音楽を皆さんに広く聴いていただくということについては、ここからがスタート。現在、そのためのリリースライブを計画中です。直近のデヴィッドとの演奏は、3月15日、下北沢のNo Room For Squaresというお店での、粟谷さん、ジーンさんを加えたクァルテットライブ。その後、デュオでのリリースライブを行なう予定ですので、是非いらしてください」

RELEASE INFORMATION

リリース日:2026年2月18日(水)
品番:TMB-001
価格:3,300円(税込)
TRACKLIST
1. Midnight Mood (Music: Joe Zawinul)
2. I Still Don't Know (Music: Akane Ezawa)
3. Photograph (Music: Akane Ezawa)
4. Hayes Highway (Music: David Bryant)
5. A Beautiful Little Fool (Music: Akane Ezawa)
6. Walk with the Night (Music: Akane Ezawa)
7. Astronaut (Music: Akane Ezawa)
8. How Deep Is the Ocean (Music: Irving Berlin)
9. What’s New (Music: Bob Haggart)
■Members
江澤茜(アルトサックス)/Akane Ezawa (alto sax)
デヴィッド・ブライアント(ピアノ)/David Bryant (piano)
■Credits
Recorded on July 8, 2025
Recorded & Mixed by Neerej Khajanchi
2nd Engineer: Kenjiro Naka
Recorded & Mixed at NK SOUND TOKYO
Masterd by NK @ AQQA Mastering
Piano Turning: Tomohiro Kaji
Art Direction & Design: Yosuke Wada (soak)
Photograph: Osamu Nakamura
Produced by Akane Ezawa
LIVE INFORMATION
2026年3月15日(日)東京・下北沢 No Room For Squares
Open:13:30
Live:14:00-16:30
Close:17:00
出演:江澤茜 4tet 江澤茜(アルトサックス)、デヴィッド・ブライアント(ローズ)、粟谷巧(ベース)、ジーン・ジャクソン(ドラムス)
料金:3,500円
江澤茜 as, David Bryant pf デュオ
I Still Don’t Know 発売記念ツアー
2026年5月29日(金)兵庫・神戸 100BANホール
2026年5月30日(土)静岡 LIFE TIME
2026年5月31日(日)茨城・水戸 GIRL TALK
2026年6月6日(土)愛知・名古屋 THE WIZ
2026年6月7日(日)長野 バックドロップ
2026年6月12日(金)栃木・小山 Fellows
2026年6月13日(土)東京・新宿 PIT INN(昼の部)
詳細ページ:https://akaneezawa.com/category/schedule/
PROFILE: 江澤 茜
東京都出身。中学入学と同時に吹奏楽部に入部し、サックスを始める。在学中に聴いたグレン・ミラー・オーケストラの演奏に影響を受け、ジャズに興味を持つ。昭和音楽大学ジャズコースを優等賞を得て卒業。2019年には西オーストラリアで行われた〈Perth International Jazz Festivel〉にてリーダーバンドで参加し、好評を得る。2021年に1stアルバム『Thaw』をリリース、第10回ちぐさ賞優秀賞を受賞。サックスを近藤和彦、碓井雅史の各氏に師事。