(左から)小泉貴裕、平野暁臣

意欲的なリリース、予想の上をゆくコンセプトでジャズ界を刺激するレーベル〈Days of Delight〉が、またしても驚きの作品をリリースする。

参加ミュージシャンは、佐瀬悠輔(トランペット)、平倉初音(ピアノ)、古木佳祐(ベース)、山口真文(ソプラノサックス)、デイヴィッド・ブライアント(ピアノ)、土井徳浩(ベースクラリネット)、高橋陸(ベース)、石田衛(ピアノ)、池田篤(アルトサックス)。すぐさま〈不思議な楽器の組み合わせだ。いったいどんな共演になるのだろう〉とわくわくした方もいらっしゃると思うが、彼らは共演していない。ひとり1トラックずつ、独創的なソロ演奏を行ない、それらが2023年5月19日(金)に発売されるアルバム『Alone at TARO’s Atelier』の中に収められているのだ。

収録場所は東京・南青山の岡本太郎記念館。日本のすぐれたジャズマンたちの創造的なプレイをYouTubeで公開する〈Days of Delight Atelier Concert〉のために演奏されたものの中から、レーベルのオーナープロデューサーである平野暁臣氏が自らコンパイルし、ひとつの流れになるように曲順を決めた。

いかにして、このユニークなアルバムが構想されたのか? 〈アトリエ録音〉ならではの特質は何なのか? 平野氏と、全セッションのレコーディングエンジニアを務める小泉貴裕氏にお話をうかがった。

VARIOUS ARTISTS 『Alone at TARO’s Atelier』 Days of Delight(2023)

 

聴く機会がない楽器のソロや意外な組み合わせのアトリエコンサート

――この独自の作品の構想について教えてください。

平野暁臣「〈Days of Delight Atelier Concert〉は、まもなく100作を数えるまでになりました。動画配信が目的なので、音源の作品化までは考えていなかったけれど、改めて演奏を聴くと、やっぱり素晴らしいんですよね。小泉さんのおかげで、作品として残すに値する水準で録音されているし。100タイトルを前に振り返った時に、これはきちんと作品にして残すべきだと思ったんです」

『Alone at TARO’s Atelier』トレーラー

――アトリエコンサートの特徴を教えていただけますか?

平野「収録日には3人のプレイヤーに来てもらいます。リーダーは決めず、3人が対等の立場でセッションするというのがコンセプトで、全員のソロ、デュオ、トリオと、組み合わせを変えながら撮っていきます。普段はあまりソロを聴く機会がないような楽器、たとえば管楽器、ベース、パーカッションなどもソロをやってもらいます。デュオも同様で、そのときのキャスティングによってはベース2本のデュオやテナー2本のデュオなんてことも起こる。全員が参加するトリオでは、1曲は彼らがやりたいものを、もう1曲はリラックスしたブルースなどをやってもらっています」

 

岡本太郎のアトリエでしか録れない音が録れる

――収録当日はどんな感じで進んでいくんですか?

小泉貴裕「プレイヤーは11時くらいにいらっしゃるので、来てから演奏曲や立ち位置などを決めてもらいます。曲については、事前に譜面を準備してくる方もいらっしゃいますが、その場で〈何をやる?〉と話し合う方が多い印象です。中にはここに来てから作曲する方もいます。

で、12時くらいから徐々に音を出し始め、それを聴きながら最終的なマイクのセッティングを決めていきます。収録は午後1時ぐらいから始めて4時くらいまで、実質3時間程度です」

平野「それで8〜9曲を録るわけですから、プレイバックを聴きながらじっくり検討する、なんていう時間はありません。ほとんど1テイクの一発勝負です」

〈壷阪健登+佐瀬悠輔+古木佳祐「Blues in F」―Days of Delight Atelier Concert― vol.94〉

――なるほど。スタジオ録音ともライブハウスとも異なる環境で、しかもアコースティック楽器の独奏を収録するというのは、エンジニアの方にとってもかなり珍しいシチュエーションではないでしょうか?

小泉「そうですね。一般にスタジオ録音は、反響の少ないデッドな環境の中で、それぞれの楽器をブースに囲い込んで綺麗な音で録るわけですが、このアトリエで収録する場合は、スタジオとは真逆のアプローチで臨みます。プレイヤー全員は同じ空間にいて、互いの生音を聴ける距離のまま録音するんです。

加えて、できる限りこの場所の持つ独特の響きや空気感を残すようにしています。逆にいえば、〈ワンルーム〉だからそれぞれの楽器の音が被らないように個別で拾うことは不可能なので、そうするしかないともいえます。

でも、だからこそここでしか録れない音が録れる。ここは天井が高く、片側の壁を埋め尽くす油絵のキャンバスが独特の響きを作り出してくれるんです。スタジオのように録りたくても録れないけど、その代わりに、大きな家のリビングでホームコンサートを聴いているような、ナチュラルないい響きがあるんです。

もちろん、楽器の音が被りまくっている状態をきれいに作品化するのは大変ですが、聴く人が太郎さんのアトリエというスペシャルな場所の何かを感じ取ってもらえるように、そのままの音で仕上げたいと思っています。

それにソロの収録は音の面でいいこともあるんです。デジタルの場合、音源の情報量というか音源全体の容積は一定だと考えているんですが、その中で3人で演奏したら、当然使える容積が三等分されてしまいます。けれどもソロ演奏の場合、1人で全部使い切れる。3人の演奏よりも、1人の演奏のほうが隙間がいっぱいあるので、空間の雰囲気、アトリエの空気感が感じられるんです」