柔軟そのものの音楽的姿勢と極めて創造的なプレイを両立させながら、輝きを放つ才人。現代ジャズシーンに不可欠なサックス奏者、西口明宏がDays of Delight(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)からニューアルバム『Something in Red』を発表する。
雄弁なテナーサックス演奏で引っ張りだこの彼は近年、ソプラノサックスにも積極的に取り組んでいる。そこで今回は、あえてソプラノに専念。やはり今のジャズ界になくてはならない存在であるデイヴィッド・ブライアント(ピアノ)、粟谷巧(ベース)と新たにトリオを編成し、全編ソプラノ/全曲オリジナル/ドラムレスによる意欲作を完成させた。確固たるグルーヴが保証されない、安定した基盤がないなかでの、空間に身を投げ出すかのような3人の演奏には、たっぷりのスリルと、リスクを恐れない美しさがある。
「ドラムがない編成ですし、できれば良いスピーカーで、じっくりとアルバムを楽しんでほしいですね。リズムがある瞬間、ない瞬間など、いろいろワクワクするところが隠されていると思います」と語る西口明宏の話に、さっそく耳を傾けてみよう。
同じ次元を共有できるメンバーとの出会い
――『Something in Red』には、あまり出会わない楽器編成による爽快な音楽、という第一印象を受けました。ミュージシャンにとっても、大変に新鮮な経験だったのではないでしょうか。
「今までの作品はいずれもセルフプロデュースだったので、フォーメーションなど最初の企画段階から誰かと相談しながら制作を進めていく、ということ自体が初めての経験でした。もっとソプラノサックスを吹く機会を増やしたいと思っていた矢先に、プロデューサーの平野さんから〈全編ソプラノ、全曲オリジナル、ドラムレスでアルバムをつくろう!〉とオファーをいただいたのはとてもいいタイミングだったし、僕にとって意味のあるチャレンジになったように思います。
ピアノのデイヴィッドとは、ブルーノート東京で行われたジョン・コルトレーンのトリビュートライブ※で初めて共演して、終わった後、〈また一緒に演奏したいね〉と話していたんです。今回はドラムレス編成ですし、ストロングなリズムクリエイターが必要だと考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがデイヴィッドでした。
粟谷くんとは飛騨高山でのプライベートなセッションで初めて一緒に演奏しました。その時、普段はウッドベースしか弾かない彼がエレクトリックベースを弾いたんだけど、それがめちゃくちゃカッコよくて。いつも楽しそうにプレイする彼のマインドが好きだし、その時の共演もすごくハマッたように感じたので、そこから交流が始まりました。粟谷くんのベースは、とにかく低音がカッコいい。クラシカルなところもありますし、弓弾きのロングトーンも美しい。バンドのボトムを支えてもらっています」
――そして2022年の4月、御茶ノ水のNARUで初めて3人によるライブが行われました。
「実際にやってみると、リズム的な部分でもハーモニーの面でも、既存のやり方ではこの3人にうまくハマらないところがいろいろあったし、今まで僕がやってきた作曲の手順を改めていく必要があることもわかりました。でも、逆にそれらをうまく機能させることができれば、このバンドの強みになるだろうし、その経験は他のフォーメーションでもきっと役に立つだろうと思ったんです。
最初にNARUで演ってから定期的にライブを続け、ちょっとずつ内容をブラッシュアップして、新曲も書いて……、それをアルバムに収めました。バンドのカラーが定まったと感じたのは、“Something in Red”の作曲が完成した頃ですね」
――アルバムのタイトル曲ですね。ピアノとソプラノのユニゾンパートがあったり、ピアノソロと並行してソプラノサックスによる別のメロディが絡んでくるところ、3人で一気にアウトロに流れていくところがあったりと、聴きどころがいっぱいですし、メンバー間の絶妙な呼吸を感じます。
「音で伝えたいところを、皆が同じ次元で感じているように思う時があります。このテイクはそういった意味では、すごくハマった気がしますね。僕がこのアルバムの制作で強く意識したのは〈コントラスト〉なんです。それをうまく機能させながらも、3人の役割が流動的であればいいと思いました。
レコーディング中はあまりアイコンタクトには頼らず、ひたすら耳に集中して、お互いの演奏に反応しあって。そこにドラマーがいたら、そのリズムに寄りかかることもできたでしょうが、今回はそれがないから……特に粟谷くんは大変だったと思います。今回はとくにリズムについて考えるきっかけになったし、全員が成長できたセッションになったのではないかと思います」