柔軟そのものの音楽的姿勢と極めて創造的なプレイを両立させながら、輝きを放つ才人。現代ジャズシーンに不可欠なサックス奏者、西口明宏がDays of Delight(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)からニューアルバム『Something in Red』を発表する。

雄弁なテナーサックス演奏で引っ張りだこの彼は近年、ソプラノサックスにも積極的に取り組んでいる。そこで今回は、あえてソプラノに専念。やはり今のジャズ界になくてはならない存在であるデイヴィッド・ブライアント(ピアノ)、粟谷巧(ベース)と新たにトリオを編成し、全編ソプラノ/全曲オリジナル/ドラムレスによる意欲作を完成させた。確固たるグルーヴが保証されない、安定した基盤がないなかでの、空間に身を投げ出すかのような3人の演奏には、たっぷりのスリルと、リスクを恐れない美しさがある。

「ドラムがない編成ですし、できれば良いスピーカーで、じっくりとアルバムを楽しんでほしいですね。リズムがある瞬間、ない瞬間など、いろいろワクワクするところが隠されていると思います」と語る西口明宏の話に、さっそく耳を傾けてみよう。

西口明宏 『Something in Red』 Days of Delight(2023)

 

同じ次元を共有できるメンバーとの出会い

――『Something in Red』には、あまり出会わない楽器編成による爽快な音楽、という第一印象を受けました。ミュージシャンにとっても、大変に新鮮な経験だったのではないでしょうか。

「今までの作品はいずれもセルフプロデュースだったので、フォーメーションなど最初の企画段階から誰かと相談しながら制作を進めていく、ということ自体が初めての経験でした。もっとソプラノサックスを吹く機会を増やしたいと思っていた矢先に、プロデューサーの平野さんから〈全編ソプラノ、全曲オリジナル、ドラムレスでアルバムをつくろう!〉とオファーをいただいたのはとてもいいタイミングだったし、僕にとって意味のあるチャレンジになったように思います。

『Something in Red』トレーラー

ピアノのデイヴィッドとは、ブルーノート東京で行われたジョン・コルトレーンのトリビュートライブ※で初めて共演して、終わった後、〈また一緒に演奏したいね〉と話していたんです。今回はドラムレス編成ですし、ストロングなリズムクリエイターが必要だと考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがデイヴィッドでした。

粟谷くんとは飛騨高山でのプライベートなセッションで初めて一緒に演奏しました。その時、普段はウッドベースしか弾かない彼がエレクトリックベースを弾いたんだけど、それがめちゃくちゃカッコよくて。いつも楽しそうにプレイする彼のマインドが好きだし、その時の共演もすごくハマッたように感じたので、そこから交流が始まりました。粟谷くんのベースは、とにかく低音がカッコいい。クラシカルなところもありますし、弓弾きのロングトーンも美しい。バンドのボトムを支えてもらっています」

※2021年9月23日に開催された〈インパルス・レコード創立60周年記念ライヴ・シリーズ vol.2「Re:コルトレーン」featuring 馬場智章、西口明宏、中島朱葉、松丸契、デイヴィッド・ブライアント、須川崇志&石若駿〉

――そして2022年の4月、御茶ノ水のNARUで初めて3人によるライブが行われました。

「実際にやってみると、リズム的な部分でもハーモニーの面でも、既存のやり方ではこの3人にうまくハマらないところがいろいろあったし、今まで僕がやってきた作曲の手順を改めていく必要があることもわかりました。でも、逆にそれらをうまく機能させることができれば、このバンドの強みになるだろうし、その経験は他のフォーメーションでもきっと役に立つだろうと思ったんです。

最初にNARUで演ってから定期的にライブを続け、ちょっとずつ内容をブラッシュアップして、新曲も書いて……、それをアルバムに収めました。バンドのカラーが定まったと感じたのは、“Something in Red”の作曲が完成した頃ですね」

――アルバムのタイトル曲ですね。ピアノとソプラノのユニゾンパートがあったり、ピアノソロと並行してソプラノサックスによる別のメロディが絡んでくるところ、3人で一気にアウトロに流れていくところがあったりと、聴きどころがいっぱいですし、メンバー間の絶妙な呼吸を感じます。

「音で伝えたいところを、皆が同じ次元で感じているように思う時があります。このテイクはそういった意味では、すごくハマった気がしますね。僕がこのアルバムの制作で強く意識したのは〈コントラスト〉なんです。それをうまく機能させながらも、3人の役割が流動的であればいいと思いました。

レコーディング中はあまりアイコンタクトには頼らず、ひたすら耳に集中して、お互いの演奏に反応しあって。そこにドラマーがいたら、そのリズムに寄りかかることもできたでしょうが、今回はそれがないから……特に粟谷くんは大変だったと思います。今回はとくにリズムについて考えるきっかけになったし、全員が成長できたセッションになったのではないかと思います」

 

シンプルな作曲と岡本太郎の気配

――この編成用の作曲には、どのように取り組まれたのでしょうか。

「この3人で演奏することを前提に曲作りをしたのですが、特に意識したのは、シンプルというか、ミニマムであること。これまでこねくり回すような譜面を書いたこともあったけれど、今回はとにかく無駄をそぎ落とし、シンプルにシンプルに、と。

新曲の多くは飛騨高山で書きました。アルバムを作る時は3、4日ほど休みをとり、気に入った場所にこもって曲を書くことが多いんです。気分を変えて曲作りに集中したいし、自然に触れ合うことでアイディアが出てくることも多いので。

今回はソプラノサックスで吹くことを念頭に曲を書いたわけですが、ソプラノはテナーより1オクターブ高いので、やはりテナー用に書く時とはメロディのレンジが変わるし、ボイシングも違ってくる。今まではあまりそういうことを考えずに曲を書いてきたので、(ソプラノ用の作曲をすることで)すごく勉強になりました。

“Three Principles”は例外的に、レコーディング前日に書いたスケッチを当日デイヴィッドと粟谷くんに渡しただけ。シンプルという意味でいえば、これはもう究極でしたね」

――アルバムの1曲目ですね。

「はい。このバンドの根底にあるものを表すような、本当にモチーフだけをもとにした演奏なんです。メンバー間の信頼感があってこその内容だと思います。演奏の時は皆、先輩とか後輩とかも関係なしに、その瞬間に音楽をやることしか考えていない。そうした風通しのいい環境であれば、あとは自分が考えた素材だけをポッと持っていくだけで、皆がそれを膨らませてくれる。そのマインドが自分の中に生まれてから、どの現場でもリラックスして吹けることが増えた感じがします」

――曲名の“Three Principles”とは〈3つの原則〉という意味でしょうか。

「岡本太郎さんの著書『今日の芸術』からヒントを得ました」

――〈今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない〉というものですね。

「そうです。その3原則は、まさにジャズそのものだと僕は思います」

――そうした楽曲たちを、岡本太郎記念館のアトリエで行われたレコーディングに持ち込んだ……。

「あそこは響きがめっちゃいいので演奏しやすいけど、反面、太郎さんの気配というか独特の雰囲気があるので、軽々しく音を出せない感じもあって、とにかく特別な場所です。

エンジニアの小泉(貴裕)さんにはマイクで録った音と、ピンマイクで録った音をうまくミックスしていただきました。あのアトリエに固有の、いっぱい乱反射しているような音も含まれていて、自然で生々しい響きに仕上がっていると思います」

 

ソプラノサックスは「何にでもなれる楽器」

――ところで、西口さんがよりソプラノサックスにフォーカスするようになったのはいつ頃からですか?

「以前から持ち替えのような形でビッグバンドや自分のバンドで吹いていましたが、本格的に取り組もうと考えたのは6、7年前からですね」

――とくに意識したプレイヤーは?

「いろんなソプラノ奏者を聴いてきましたが、この楽器をきちんと自分のボイスとして使っているのは、やはりウェイン・ショーターだと思います。一時期は熱中してショーターばかり聴いていました。彼って、どんな場面で演奏しても自分の世界を持っているじゃないですか。そういうふうになれたらカッコいいなと思って、ソプラノを本格的に練習し始めたんです。その頃、クラシックの木管五重奏でソプラノを吹いている友達がフランスから帰ってきたので、クラシックのトレーニングも受けました。

ソプラノに慣れてくると、テナーの演奏に関しても、よりコントロールできるようになるんです。あと、ソプラノに関しては、吹いているとレーシングカーに乗っているような気持ちになりますね(笑)。ハンドル操作のテクニックをもっと上げないと」

――では、西口さんにとって、ソプラノサックスならではの魅力は何ですか?

「めちゃめちゃコンパクトなところでしょうか。旅行の時にも簡単に持っていけますし、持ち運びができることは僕にとってけっこう大事なことなんです。あんまり西洋の楽器としては考えてなくて、〈道具〉という感覚で捉えていますね。ドラムを叩く感覚で吹くこともあるし、トランペットを思い浮かべて演奏することもある。

ソプラノは自分の中で、何にでもなれる楽器なんです。それに、ソプラノに打ち込んだ作品を残しているプレイヤーが意外と少ないというのも、自分がソプラノを吹いている理由のひとつにあるのかもしれません。自分のボイスは他人にあまり影響されたくないし、〈道を歩いていたら面白い楽器があって、それを演奏した〉ぐらいの感覚でさわれたらいいかなと思っています」

――ところで、これまでのキャリアの中で、ターニングポイントを迎えたと西口さんが感じたのはいつですか?

「(2010年にアメリカから)日本に帰ってきて壁にぶつかっていた時期もあったけれど、本当のターニングポイントと言えるのは、最近、コロナ禍になってからという気がしています。コロナ禍になって、がむしゃらに楽器を練習する時間が増えて、デイヴィッドと粟谷くんという、ジャズという言語のスペシャリストと出会って、彼らと一緒に演奏することが、自分のテクニックを見直すことにもつながって……。

前作の『FOTOS』(2020年)も気に入っている作品なんですが、逆に、そこからいかに脱却するかも考えてはいたんです。でも、〈ちょっと違うテイストでやってみようか〉ぐらいのアイディアしか思いつかなくて。そんな頃に平野さんから文字通り真逆のアイディアをいただいて、これまでにない新たな経験をいろいろすることができました」

――『Something in Red』発売後、レコーディングメンバーによるツアーも6月28日から開催されます。

「今回の会場は皆、僕の好きなピアノがある場所ということで選びました。アルバム収録曲に加えて、数曲の新しいオリジナルも用意しています。現場でスペシャルな体験をしてもらえるように、いろいろ内容を考えていきたいと思っています」

 


RELEASE INFORMATION

西口明宏 『Something in Red』 Days of Delight(2023)

リリース日:2023年6月22日(木)
型番:DOD-036
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. Three Principles
2. Hub Trees
3. Something in Red
4. First Impressions
5. Ms. Colour
6. Blue Elephant
7. S.P.
8. Taro’s Eleven

(2022年11月29日 東京・岡本太郎記念館にて収録)

■演奏者
西口明宏 soprano saxophone
David Bryant piano
粟谷巧 bass

 

LIVE INFORMATION
西口明宏トリオアルバム発売記念ツアー
2023年6月28日(水)静岡 Life Time
https://www.lifetime-shizuoka.com/

2023年6月29日(木)愛知・名古屋 THE WIZ
https://www.wizjazz.jp/

2023年6月30日(金)兵庫・神戸 100BAN HALL
https://www.100ban.jp/

2023年7月1日(土)大阪・浄願寺

2023年8月21日(月)東京・丸の内 COTTON CLUB
http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/akihiro-nishiguchi/

出演:西口明宏(サックス)/デイヴィッド・ブライアント(ピアノ)/粟谷巧(ベース)