エモーション・テラーを目指すコンポーザー・ピアニストがダイモン=内なる魂を奏でる
イタリア出身のコンポーザー・ピアニスト、オリヴィア・ベッリの新作『ダイモン』は、古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」が作曲の種となった。ヨーロッパと違って、一般的に日本では身近ではないので、ギリシャ神話と聞くと、どこか身構えがちだ。でも、着眼の背景にあったのは〈この人生の目的は何なのか〉という純粋なる問いだった。
少し時間を遡って、創作の原点を探すと、〈ピアノ協奏曲を書こう〉という想いがまずあった。
「自分への問い掛けからギリシャ哲学を学び直すなかで、ソクラテスが弟子たちに語った“ダイモン”、内なる魂という言葉に辿り着いてね。私たちはダイモンと共に生まれ、その存在が人生の果たすべき使命を全うするように駆り立てるのだと、彼は説いたのよね」
アルバムは、ピアノ協奏曲“ダイモン”、“イサカ組曲”、“ナウシカアのためのソナタ”で編成されている。
「人生の目的を探求するなかで、アイディアの象徴となったのがオデュッセウスだった。彼は、海の女神カリュプソーと不老不死の島で暮らしていたけれど、運命を変える決断をして故郷イサカに帰還することになるの」
それが3楽章からなるピアノ協奏曲“ダイモン”の〈出発、旅路、帰還〉で表現されている。人生初のピアノ協奏曲は、「私自身のアイデンティティを生かしながら、さまざまなカタチに展開させていく楽曲の創作は、苦悩と歓びが混在する時間になった」という。それはオデュッセウスの故郷への道のりと重なるようで、聴くうちにいくつもの感情が内から溢れ出てくる。このイマジネイティヴな作風こそがオリヴィアのアイデンティティだろう。
「音楽は世界共通の言語だと信じているからこそ、心の琴線に深く触れる音楽を試み続けているの。私の望みは、〈エモーション・テラー〉であること。作曲はスキルアップのために毎日しているけれど、そのなかで魔法のような瞬間があってね。湧きあがるメロディやハーモニーが私自身の経験した感情を表現していると確信できた時は、もう最高よ」
つづく“イサカ組曲”ではチェリストのラファエラ・グロメス、サックスのジェス・ギラム、ヴァイオリンのエルドビョルク・ヘムシングと3人の若き女性演奏家を迎えている。
「オデュッセウスの息子であるテレマコスをはじめ、人物を描く“イサカ組曲”ではピアノ以外に登場人物の心情を最も表現できる楽器を決める必要があった。〈テレマコス〉には軽やかで速い動きも可能なヴァイオリン。〈エウリュクレイア〉には温かく包み込むようなサックス。高齢である〈ラエルテス〉にはチェロを。
そして、ふさわしい演奏家を探すなかで才能ある3人と出会うことができた。レコーディングで彼女たちは、作曲者である私が望んでいることを知りたがり、反対に私は、彼女たちがこれらの曲に何を見出すのかが知りたかった。楽曲をめぐる素晴らしい議論を経験することも出来たわ」
ここまでオリヴィアは、グランドピアノを弾いていたが、最後の“ナウシカアのためのソナタ”ではアップライトに変えている。
「幼いナウシカアは、傷つきやすく優しい少女。今の社会で優しさは、評価されにくいけれど、裏返せば、その人の強さでもあるはずでしょ。グランドピアノは完璧な楽器だけれど、彼女の未完成の脆弱性を表現するにはアップライトの甘美な音色が適していると思ったのよね」
イタリア最高峰の音楽院でクラシックと作曲法を学んだオリヴィアの楽曲が、家族以外に聴かれるようになったのは子供たちに「どうしてママの曲はSpotifyとかで聴けないの」という素直な疑問だった。そこから時間を経て、話題のXXIMレコードと契約するに至った。
豊かな発想と飽くなき探求心を備えているオリヴィア・ベッリの人生は、間違いなくこの音楽を世界に伝えることが使命。新進という言葉はそぐわないかもしれないけれど、ヨーロッパ発のコンポーザー・ピアニストのなかで、いま絶対に注目したい才能である。
オリヴィア・ベッリ(Olivia Belli)
イタリア出身の作曲家兼ピアニスト。これまでに、アレクサンダー・ロンクヴィッヒ、イェルク・デームス、フランコ・スカラ、ピエロ・ラッタリーノにピアノと作曲を師事。ノルウェーのヴァイオリニスト、マリ・サムエルセン、フランスのチェリスト、ゴーティエ・カピュソン、イギリスのオルガン奏者、アンナ・ラプウッドなど、様々なアーティストのために作曲も行っている。2021年4月、ソニーミュージックの新レーベルXXIMレコードとの独占契約を開始。これまで『Sol Novo』(2021)、『Intermundia』(2024) の2作のフル・アルバムをリリースしている。(2026年1月現在)
