LUNA SEAのドラマー真矢が死去した。56歳だった。
真矢の訃報はLUNA SEAの公式サイトおよびSNSを通じて発表された。RYUICHI、SUGIZO、INORAN、Jの連名によるコメントは以下のとおり。
皆様へ
LUNA SEAのかけがえのないドラマー真矢が、2026年2月17日18時16分永眠いたしました。
2020年にステージ4の大腸がん、そして昨年には脳腫瘍も発覚し、7回の手術や治療を継続してきましたが、56年の人生に幕を下ろしました。
懸命なリハビリを続け、3月のライヴではドラムを叩くことを目指していた中、容態が急変し、あまりにも早い旅立ちでした。
生前、真矢は「また必ず5人でステージに戻る」と、誰よりも強く再起を信じ、病魔に立ち向かっていました。
その不屈の精神と、最後まで絶やさなかった太陽のような笑顔は、僕達メンバー、そしてスタッフ全員の希望の光でした。
彼が35年以上にわたって刻み続けた魂のビート、そして音楽への深い愛は、これからもLUNA SEAの物語の中で、決して鳴り止むことはありません。
これまで真矢を温かく支えてくださったファンの皆様には、心より深く感謝申し上げます。
なお、葬儀につきましてはご遺族の意向により、近親者のみで執り行わせていただきました。
後日、ファンの皆様と共にお別れができる場を改めて設けさせていただく予定です。
詳細は決定次第、ご案内いたします。
今はただ、真矢の魂が安らかであることを、メンバー一同と共に祈っていただけたら幸甚です。
2026年2月23日
RYUICHI、SUGIZO、INORAN、J/LUNA SEA
真矢は1970年1月13日、神奈川県秦野市生まれ。1989年にLUNA SEA(当時はLUNACY表記)のドラマーとして加入した。
1991年、初のアルバム『LUNA SEA』をX(現X JAPAN)のYOSHIKIが主宰するエクスタシーレコードよりリリース。翌年にはメジャーデビューを果たした。
1990年代には“ROSIER”“TRUE BLUE”のほか、充電期間を挟み“STORM”“I for You”など数々のヒットシングルを発表。また、台風や強風などの影響で度々ライブやイベントが中止になることから〈嵐を呼ぶバンド〉としても認知されていった。
真矢個人としては、バンド休止中の1997年にシングル“落下する太陽”でソロシンガーとしてデビュー。また、吉川晃司や氷室京介、大黒摩季らのライブやレコーディングに参加するなど、ドラマーとしても多方面で活躍した。
LUNA SEAは2000年12月のライブを持って一度終幕するも、2007年のクリスマスイブに開催した復活ライブ〈GOD BLESS YOU 〜One Night Dejavu〜〉で復活。翌2008年には本格的に活動を再開し、ドイツやアメリカを含むワールドツアーを行った。
以降もバンドはリリースとライブを重ねていくが、2025年9月に真矢が脳腫瘍を患い闘病中であることを明かした。真矢は治療と療養に専念するたバンドから一時離脱、SIAM SHADEのドラマーで真矢が信頼を寄せる淳士がサポートを務めることが発表された。
なお、LUNA SEAは2025年12月に急遽開催が延期となった〈LUNATIC X’MAS 2025 -OUR JOURNEY CONTINUES-〉の振替公演を、2026年3月12日(水)に行うことを発表している。同公演を含め、今後のバンドの動向などについては現時点では不明だ。
1音1音に厚みがあり、歌心のあるパワフルなドラミングで多くのドラマーに影響を与えた真矢。ピンクのシースルーのドラムセットをトレードマークに、シンプルながら印象的なドラムフレーズを量産し、ツインペダルや独特な位置にセッティングされたチャイナシンバルなど、ビジュアル面やプレイスタイルにおいても唯一無二の存在として君臨した。
真矢は昨年11月の〈LUNATIC FEST.〉にサプライズで登場し、「LUNA SEAは決して止まらないから」述べていた。あまりにも突然すぎる別れに言葉が見つからないが、彼が刻んだビートとリズムは、この先も私たちの心を震わせ続けていくだろう。

