ディープ・リスニングの新たな地平に向けて
様々なユニット名義ですぐれたフィールド録音作品を多数発表してきた音響アーティストの津田貴司。電子顕微鏡で構成原子を腑分けするような精緻極まりない音素解析術と詩的修辞法によって音楽(サウンド)全体の輪郭と特質を抉り出してゆくことで知られる音楽評論家の福島恵一。この2人の猛者がタッグを組んで2014年から17年にかけておこなった公開リスニング・イヴェント〈松籟夜話〉の全貌が書籍としてまとめられた。

全10回の〈松籟夜話〉ではミシェル・ドネダやデイヴィッド・トゥープ、フランシスコ・ロペス、ジム・オルーク、Amephone、アルバート・アイラーといった冒険者たちの実験的手法や、〈漂泊する耳の旅路〉なるコンセプトをテーマ(2人の言葉だと「灯台」)に、それと関連する様々な音楽家たちの作品をリスニング素材として紹介しているのだが、そこでの2人のスタンスは終始一貫している。それはつまり、作品内容や音楽家について細かいウンチクを開陳するのではなく、〈音を聴く〉という行為そのものについて参加者全員で考察する場を作ろうという姿勢である。曰く「聴くプロセスを体験すること。聞こえているのに聴いていない音を発見すること。聴き方自体について考えること」の試みの場だ。
〈聴く〉という行為と〈聞こえる〉という現象を一旦切り離すことによって〈耳の眼差し〉の広角化と鋭敏化を目指した現場での2人の対話は、文字起こしされたものに加筆され、更に、考察と議論を深めるための補助線(とはいってもここだけで書籍1冊分ぐらいの大ヴォリューム)として、美術や文学なども引き合いに出しつつ(〈距離と肉感、音と振動〉〈暗騒音と場所〉〈大伴家持における〈興〉〉〈フランシス・ベーコンのダイアグラム〉……)緻密な論考が追加されている。「風の人、木立の人」や「フィールド・レコーディングの現場から」などの編著書もある津田は、環境/空間と音の関係、あるいは音の自己性と他者性の関係をめぐって長年創作活動を続けてきたが、博覧強記の福島による丁寧な肉付けによってその探求が、ここでより具体的かつ明瞭になったとも言えるだろう。
イヴェント現場で俎上に上がった作品数は、のべ200枚弱。ジャズやロックなどのカルト的名盤も適度にまぶしつつ、ネット万能の現在でもなかなか聴けない(見たこともない)激レア盤が多いのがうれしかったり歯がゆかったりする、知的刺激の宝庫である。