ハリー・スミスといえば、『Anthology Of American Folk Music』(52年)の編者だ。フォークウェイズから発表された同コンピレーションは、フォークやブルーズ、カントリー、ケイジャン、ゴスペルなどなどの1920~1930年代のSP盤(いずれもスミスが個人的に収集したもの)を6枚組のLPに収めており、50~60年代のフォーク・リヴァイヴァリストに多大な影響を与えた。そこにはピート・シーガーやジョーン・バエズ、ボブ・ディランら、数多くのフォーク・シンガーが含まれ……(さらに97年のCDリイシューによって、また当時のアメリカ音楽界に影響を及ぼした)。というのが、教科書的な説明だろう。

ここ日本にあまり伝わってきていないのは、スミスがNYに巣くう生粋の芸術家であり(彼はフィルムの上に直接絵を描く手法でも知られる)、魔術や呪術や錬金術、歴史と人類学に通じる偉大なる奇人だったこと。生涯を通して金はなく、ホテルを転々としながら生活し、酒とドラッグにおぼれ、常に不健康だったというスミス。その部屋は彼が収集(〈蒐集〉と書きたいところ)した貴重な書物やレコード、イースター・エッグ、あやとり(!)、そのほか謎めいた小物の数々で埋め尽くされており、スミスの思考がダダもれになったかのような彼の部屋は、とにかく特別で神秘的だったと、本書で何度か触れられている。

この「ハリー・スミスは語る 音楽/映画/人類学/魔術」は、ハリー・スミスという謎めいた男の人物像を、じゅうぶんすぎるほどに伝えるインタビュー集だ。本書が収めるのは、60~80年代のスミスへの7つのインタビュー。序章はアレン・ギンズバーグへのインタビューで、彼がスミスと出会ってからスミスが亡くなるまでのことが、ギンズバーグの口から語られる。出会いはNYのファイヴ・スポットで、そこでスミスはセロニアス・モンクの演奏を聴きながら、モンクのソロのシンコペーションの数学的パターンを楽譜にメモしていたという。このくだりを読んで、〈なんじゃそりゃ!〉と驚き、ぶっとばされてしまった。導入からして、いかにも強烈……。

スミスのインタビューは、ひとつの質問に10も20も答えて止まらなくなったり、どんどん脱線してまったく見知らぬ場所に行きついてしまったり、あるいははぐらかして、おかしな冗談を貫き通したりする。また、『Anthology Of American Folk Music』などを巡って似たような質問を別のインタビュアーから訊かれることもあるのだが、その答えがちぐはぐだったりもする。「長時間話しているうちに、脳が正常に働き出すかもしれない」という彼の言葉は、果たして本当なのかどうなのか。いやしかし、〈本当〉だとか〈嘘〉だとか、そういったことは、スミスの話術の前ではまったくどうでもいいことのように思える。

印象的なのは第1章で、スミスは質問をのらりくらりとかわし、どこまでも関係のない話題や言葉遊び、事実関係がまったくわからない抽象的な回想を繰り返す(けれども、録音テープの残り時間をやけに気にする)。インタビュアーのゲイリー・ケントンはスミスの話にまったくついていけず、苛立ち、思わず「何の話……?」と訊いてしまう。2人のインタビューにならないインタビュー、対話にならない対話を読みながら、大笑いしてしまった(自分がインタビュアーだったら、すごく嫌だと思うけれど……)。そんななかでスミスは「真実は虚偽よりも非常に強力な武器となる」と言い放ち、ベルトルト・ブレヒトの「三文オペラ」のせりふを引く。はっとさせられるが、その後、すかさず「私は今、第二の子供時代に入っている」とも言う。なんじゃそりゃ! ひっくり返ってしまう。まさに博覧強記、いや、〈博覧狂気〉の人。知の幻術と煙幕に、目まいがする。

刊行元であるカンパニー社の工藤遥の解説によれば、現在スミスの研究は進んでおり、「あいかわらず謎めいた人物であることには変わりないが、その謎はいまや開かれた謎であ」るという。本書をきっかけに、スミスの作品や仕事が、この国でもいろいろと振り返られるようになればいいなと思った。おびただしい数の固有名詞に丁寧で詳細な訳注をつけたところも素晴らしい本書は、スミスの〈開かれた謎〉に足を踏み入れるための導きの書となるだろう。いやはや、とにかくおもしろい。

※このレビューは2020年4月20日に発行された「intoxicate vol.145」に掲載された記事の拡大版です