幼くして他界した娘への想い、そして聴く者が自身の物語をそこに描けるような余白。クラシック音楽を土台にしつつ、ミニマルミュージックを筆頭にさまざまな音楽の影響を受けたピアニストDAKOKUは、自らの音楽哲学を〈サウンドテイル〉というコンセプトに昇華させ、コンスタントにアルバムを発表し続けている。このたび、1年ぶりに届けられた最新作『幻現(まぼろしあらた)』は、喪失から再生へと向かわんとしていた前作『瞬景(しゅんけい)』からさらに前進し、ポジティブで開放的な空気さえ感じさせる充実作となった。本作のコンセプトや各曲について、DAKOKUに聞いた。

DAKOKU 『幻現』 Musicpro(2026)

 

この1年間の変化が導いた新たなステージ

――まず、本作の全体的な印象を申しあげると、内省的な印象も強かった『瞬景』に比べて、エネルギーが外に向いているな、という印象を受けました。それには、DAKOKUさんのこの1年の変化が反映されているのかな、とも思いました。

「私は大学を出た後、音楽の仕事に従事するも、30代にはIT技術者として、40代には福祉関係の仕事もしていました。前作『瞬景』を制作したときは福祉施設に勤務していたんです。それが昨年、ある音楽関係企業との出逢いにより、仕事の内容が100パーセント音楽になったんですよね」

――それはドラスティックな変化ですね。

「これまでに『月光』と『瞬景』という2枚のアルバムを出すことができました。重度の発達障がいを持った娘への想いを託した『月光』に続くアルバムの構想を練っていたときに彼女を亡くし、『瞬景』はその悲しみから立ち上がるまでの物語を音にしました。自らの想いを乗せつつ、そして聴く人の気持ちも重ねられる余白をもった音楽。私はそれを〈サウンドテイル〉と名付けて推し進めています。最近は、それを聴いた著名な方からコラボレーションのお話などもいただくようになりました。本当にここ1年ほどの間に、いろいろな変化が起きています」

――改めて、『幻現』のコンセプトを教えてください。

「これまでの2枚のアルバムでは、娘に対するさまざまな想いを、曲に託してきました。しかし、彼女がいなくなってから時間も経ちますし、そろそろその次の段階に進みたい、という気持ちも大きくなってきました。ただし、その先と言っても、娘との想い出や彼女への想いは、まるで幻のように私の心の中にとどまっているわけで、それを否定することなく背負ったうえで、現在と未来に向かい、前に進んでいく。そんな〈切ない強さ〉みたいなものを音として表現したのがタイトル曲“幻現”です。私の中では、『月光』と『瞬景』、それに『幻現』を加えて、三部作として捉えています」

 

〈私のアトリエからあなたのアトリエへ〉届けられるサウンドテイル

――早速『幻現』の曲を順に聴いていきましょう。明るい光が差すようなオープニングに導かれて始まる1曲目の“ATELIER”からすでにDAKOKUさんの音楽が新たなステージに入ったことを感じます。

「実は私、 VOICE CUEという地元のFMラジオ局で『DAKOKUの癒しのアトリエ』という番組を持っていて、そのテーマ曲として作ったのがこの曲です。〈これまでのDAKOKUさんの曲とは違う、新たな魅力を感じさせる曲を〉というお声を背景に、こうした感じになりました。

1990年代のテレビ番組『ワーズワースの冒険』のテーマ曲だった“シャ・リオン”のエキゾチックでモーダルなメロディ、加えて、『ニュースステーション』のテーマ曲になった本多俊之さんの“GOOD EVENING”のような明るさを意識して作りました。曲のオープニングは、番組が始まる前に鳴る時報に合わせています。実際、この曲をアルバムに入れようかどうか、かなり迷ったのですが、結果的に新しい幕開けを感じさせてよかったかな、と思っています」

――〈アトリエ(ATELIER)〉という言葉は、DAKOKUさんのミュージックストア〈DAKOKU Atelier - Sound Tale Store〉にも入っていて、〈サウンドテイル〉というジャンル名とともにこだわりを感じます。

「人生というのは、何かを作り出すことだと思うんです。何か具体的なモノを作るほかにも、たとえば経営者だったら会社組織とか、夫婦だったら家庭とか、人間同士の関係とか、何かしらをクリエイトしている。私だったら音楽を作っています。そのような、人の価値観が生み出される場所が〈アトリエ〉だと思うんですよね。私が自分のアトリエで生み出した〈サウンドテイル〉という音による物語は、誰かのもとに届いた瞬間から、その余白の部分に新たな物語が重ねられて、生まれ変わっていきます。〈私のアトリエからあなたのアトリエへ〉という意味で、この言葉を使っています」

――“光(かがり)”は、そのタイトルのとおり、光のように移ろいゆくような音像が印象的です。

「もともとループ素材として、即興的に弾いたものを展開させて作った曲です。光の束が、時間の経過とともに増えていって、部屋の中を満たしていく。そんな光景をミニマルミュージック的に表現してみました」

――〈時と星〉を意味する“TEMPUS ET ASTRA”は、メロディに重なるアルペジオが空間の広がりを感じさせ、中間部に現れる鐘のような響きと対を成しているように感じました。

「この曲で表現したかったのは、まさに宇宙空間で、もともとは2台ピアノのために作った曲です。ひとりは人間が感じる宇宙空間をメロディで、そしてもうひとりが現実としてある宇宙空間をアルペジオで表現します。クラシック音楽寄りに作った曲ではありますが、ゲーム音楽的でもあり、アルペジオはショパンの曲にあるようなものとは違う、予測が難しい複雑な動きをします。この、2台ピアノの部分は、ステレオ効果を活かしているので、そのあたりも楽しんで聴いてもらえたらうれしいです。そして、鐘と言っていただいた部分は、鍵盤を反復的に、そして旋律のように音程の変化もつけて叩くことで時間の流れを表現しました」

――“眠々寝(うたたね)”もこれまでのアルバムにはない、陽だまりのように穏やかな小品ですね。

「私は音楽教室を運営してもいて、子ども向けの小品もたくさん作っているんです。“眠々寝”は、その中でも優しいメロディを持つ曲で、『月光』に収められた“珈琲”のような、アルバムの中ではまさにコーヒーブレイク的な位置づけです。クラシック音楽におけるブルグミュラーやバイエルのような作品ともいえますが、テンションノートをはじめ現代的な要素も多く入っています。余談になりますが、作曲中は、飼っている猫が私の横で寝ながら聴いていることが多くて、この曲も彼の寝顔を見ながら書きました。鳥山明が『ドラゴンボール』のキャラクターである〈仙猫カリン〉を、自身の愛猫をモデルにして描いたような感じですね(笑)」

 

父親から娘に向けたラブレター

――“ANGEL WINGS”は、前作までの“舞魚”を思わせる、お嬢様が踊っている姿が浮かぶような曲だと思いました。

「まさに、“舞魚”の世界観を受け継いだ曲ですね。娘が天国で、羽の生えた天使になって踊っている姿を思い浮かべて書きました。娘は踊るのが好きで、『アナと雪の女王』の音楽をかけたりすると喜んで踊るのですが、重度の知的障がいのため、とにかくでたらめだったんです。それを思い出して、キャッチーなメロディのモチーフを取り入れ、5拍子で進めながらカデンツで6拍子にするという、ちょっと悪戯な構成にしました」

 ――続く“邂逅”も、そのタイトルからお嬢様の影が浮かびました。ミニマルな展開に、オルゴールのようなメロディが静かに響くのが印象的です。

「この曲は、確かに〈出会う〉までの道のりを描いています。果たして何に出会うのか、わからないのですけれど、それに向かって、何の障がいもない広い空間というか、回廊を歩いている感じですね。それが3曲後の“LABYRINTH”につながっていく。イメージとしては、夜、誰もいなくなった遊園地のような、ちょっと不気味な雰囲気を思い浮かべて書いたのですが、そうしたミステリアスな光景に似合うのは、オルゴールの音色ですよね。気付いてくれてうれしいです」

――そして“櫻唄”も、前作に収められた“桜颪(さくらおろし)”を連想せずにはいられませんよね。お嬢様は桜の花びらが舞い散る中で踊るのが大好きだったというエピソードも……。

「まさしくこの曲は娘がいる景色を描いているのですが、曲の主人公は私です。これは父親である私から娘に向けたラブレターなんです。娘が好きだった桜の力を借りて、私の気持ちを彼女に届けるという……。

実は、この曲には歌詞があります。一緒に生きていきたいと強く願った君はもういなくて、桜の木を見て呼びかけても、君の声は返ってこないけれど、この現実を受け止めながらも、心の中で一緒に生きて行こう。そんな、〈父ちゃん〉から娘への恋文です。だから悲しいメロディになりました。

そして、中盤には『月光』のタイトル曲のモチーフを入れています。“月光”は私から娘への気持ちを表した曲なので、これは自然な流れだと思います。今後、この曲を演奏するときには歌詞を披露することもあるかもしれません」

 

 

若い世代のピアニストへの〈オッサン〉からのカウンター

――続く“柳月・彩”は、『月光』に収められた“柳月”のセルフカバーです。柔らかいタッチが際立つ優しい演奏だと思いました。

「『月光』のときと比べて、コード進行を少し変えたり、オクターブ上の音を使うなどして、結構変えています。前回の演奏が夏の少し湿り気を含んだ空気のようだとしたら、今回は秋から冬にかけての、ピンと張り詰めた空気感を出したくて、演奏するときは細い音を意識しました。

そして、〈優しい演奏〉と言っていただいたのは本当にうれしいのですが、これは現代の若い世代のピアニストたちへのカウンターのようなものです。YouTubeやSNSを舞台に活躍している今の若い方たちって、器用で超絶技巧で、とにかくイケイケな演奏をしますよね。これには、私のような〈オッサン〉はもうかないません。指ももう動きませんし(笑)。そこで、彼らにどう対抗するかといったら、人生経験から来る〈癒し〉しかないですよね。これは若いピアニストへの〈オッサン〉ならではの回答なんです。

――“柳月・彩”でアルバムの流れはひと段落し、続く“LABYRINTH”から“神唄(あまつうた)”、そして“幻現”までは、ストーリーの終わりに向かう組曲のような印象を受けました。

「そう捉えてもらってもいいと思います。ここから演奏の熱量をより上げていって、物語の最終章というか、アルバム全体をひとつの曲だと考えれば、サビに向かっていくような感じですね」

――“LABYRINTH”は“邂逅”からの流れもありますね。

「何もない回廊を歩いていたら、暗い地下の桃源郷にたどり着いた。桃源郷といっても決して明るくない。地下に広がる大空間に、はるか昔に水の底に沈んだ神殿が佇んでいる、というような光景を描いています。本作の中ではいちばんゲームっぽい景色かもしれません。音楽的にはミニマルな手法を用いて始めつつも、アルペジオが行き来した後にドミナントを強めに置いて、〈ここで来るか!〉というような転調を豪華に行い、一気に場面展開しています。そうしてミニマルという枠から外れたかったんですよね」

――“神唄”の優しさは、“柳月・彩”からの流れも感じさせます。

「本作『幻現』の本質は、過去と未来、記憶と現実といった相反するふたつの要素をつなぐ、その中心に自分が立って音を紡いでいる。そんな世界観にあります。いわば、現実と天国、人間界と神の世界みたいに、ふたつの大きなタイムラインが同時に動いているような感覚です。人間がラビリンスを歩いているちょうどその頃、神はその光景を見下ろしながら、天使が戯れている姿(ANGEL WINGS)も見守りながら、鼻唄を口ずさんでいる。その調べは明るくもなく、だからといって悲観的でもなく、でもすこし切なかったりする。その唄は、たぶんこんな感じだろうな、と思って作りました」

――そしてすべてはタイトル曲の“幻現”に集結していく……。

「冒頭で申しあげたように、さまざまな物語(幻)を背負って、現在を、未来に向かって歩いていく。そこには、明るい世界もあれば光の当たらない世界もあるし、悲しいこともあれば癒されることもある。それでどうするか。一歩を踏み出していくしかないんです。それがいちばん恰好がよくて、美しく、そして強く見えると思うんです。その強さを表現するために、左手が低音から高音へとスケールを駆け上がり続け、それを強さの底辺として、運命的なメロディが反復されます。いろんなものを背負って、すごく臆病で悲しいけれど、それでも進もうとする、ある旅人の物語です」

 

料理人&水墨画家とのコラボレーション

――最後に、ボーナストラックとして“静寂”という曲が収録されています。アルバムの物語の余韻を、タイトルどおりの静寂で包むエピローグのようにも聞えこます。作曲の藤川幸太郎さんのことも含めて教えてください。

「藤川さんはプロの料理人で、作曲はハイアマチュア的にされている方なのですが、そのアプローチの仕方は他に類を見ないほどに独特なんですよね。たとえば、私の音楽がミニマルな中に私が作る物語を盛り込みつつ、聴く人が自身の物語を重ねられる余白を置くようなスタイルだとすると、彼の場合は同じミニマルでも、最初から何もない。あなたの物語だけを乗せてください、私は自然を鳴らすのみ、というスタイルなんですよね。彼が作る料理にも同じものを感じます。彼はこれを〈ナチュラリズム〉と名付けています。より自然を意識したミニマル、と言えばいいでしょうか。

今作が三部作を締めくくる作品だという話もしましたが、次からは、藤川さんのこのナチュラリズムも取り入れて音楽を作っていきたい。そんな意思表示、いわば予告的な意味も込めてこの曲を最後に置きました。加えて、映画のエンドロール的な要素もありますね」

――ジャケットやディスクのアートワークは、前作に続いて水墨画家の八束徹さんです。

「八束さんが描く絵にも観る人が想いを乗せられる余白があるんですよね。どちらかといえば余白のほうが大きいほどで、本当に大好きなアーティストです。今回は、音源を聴いて〈前に進んでいく決意を固めたなら、この景色を見ながら行こうよ〉と、沼津港の海岸と、そこに凛として立つ松の木を描いてくれました。どちらにも娘との想い出がたくさん詰まっているんです。本当に泣ける計らいで、ジャケットに松の木、ディスクに沼津港を採用しました。八束さんとは、これからもずっとコラボレーションしていきたいと思っています」

 


RELEASE INFORMATION

DAKOKU 『幻現』 Musicpro(2026)

リリース日:2026年9月16日(水)
品番:MPCM-1011
価格:3,300円(税込)

TRACKLIST
1. ATELIER
2. 光
3. TEMPUS ET ASTRA
4. 眠々寝
5. ANGEL WINGS
6. 邂逅
7. 櫻唄
8. 柳月・彩
9. LABYRINTH
10. 神唄
11. 幻現
12. 静寂

 


PROFILE: DAKOKU
静岡県出身の作曲家/ピアニスト。
ピアノを中心に〈音だけで物語を描く〉作品を創作。
アルバム『月光』『瞬景』『幻現』などを発表。
デザイナー・プログラマー等、多方面でクリエイト活動を展開する。
FM VOICE CUEのラジオ番組「DAKOKUの癒しのアトリエ」にてパーソナリティを務め、音楽とことばを通して心に寄り添う時間を届けている。
歌と朗読とピアノによるアートユニット〈余白-YOHAKU-〉のメンバーとして活動を開始している。