タワーレコードのオリジナル企画でユニバーサル音源をSACDハイブリッド盤で復刻するシリーズ〈VINTAGE SA-CD COLLECTION〉。その第47弾でカール・ベーム指揮『ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》全曲<歌詞対訳付>(2026年リマスター)』とヴィルヘルム・ピッツ指揮『ワーグナー:合唱曲集、<特別収録>舞台神聖祝典劇《パルジファル》より第1幕への前奏曲、聖金曜日の音楽(2026年リマスター)』がリリースされた。バイロイト音楽祭の開催150周年記念として世界初SACD化された2作を音楽ジャーナリスト山崎浩太郎に紹介してもらった。 *Mikiki編集部
ワーグナーの聖地バイロイト音楽祭関連の重要な2作がSACD化
今年150周年を迎えたバイロイト音楽祭は、いうまでもなくワーグナーの聖地である。会場となる祝祭劇場は独特の構造をもち、オーケストラの大部分が舞台下の地下にもぐりこんで配置され、その響きは舞台前縁の隙間(神秘の裂け目、などと呼ばれることもある)から聞こえてくる。これがワーグナー作品に最適の美しい音響を生む。
世界中のワグネリアンが近年の猛暑や、過度に実験的な新演出への複雑な思いも、何もかも乗り越えて〈バイロイト詣で〉を現在も続けるのは、祝祭劇場に響くワーグナーの音楽が、唯一無二の魅力を持っているからである。つまり、祝祭劇場そのものが、ワーグナー作品のための〈至高の楽器〉なのだ。
だからこそ、さまざまなレーベルが100年ほども前から、この劇場を録音スタジオとして、ワーグナーのレコードを制作してきた。
ドイツ・グラモフォン(DG)も、いうまでもなくその一つである。今回、新規のマスタリングによりハイブリッドSACDで発売された2点は、その初期の重要な業績だ。
ピッツの偉業が伸び伸びと立体的に響く
まず『ワーグナー:オペラ合唱曲集』は、戦争による中断から再開した1951年から1973年まで22年間にわたり音楽祭の合唱指揮者をつとめたヴィルヘルム・ピッツの指揮によるもの。ピッツの卓越した手腕により、祝祭合唱団は数多の名歌手や巨匠指揮者たちとならぶ、音楽面での重要な存在となった。祝祭合唱団とピッツの偉業を讃える意味で制作されたこの1枚は、その芸術のエッセンスをステレオ録音で味わえるものである。

1958年の音楽祭さなかの休演日、8月22日に祝祭劇場でセッション録音したもので、合唱が特に活躍する歌劇と楽劇6作品から、特に有名な部分が集められている。「タンホイザー」の最後の場面や、「神々の黄昏」のギービヒ家の家臣たちの場面などは、力強く澄んだ、抜けのいい響きの合唱の威力をたっぷり味わえる。特に後者では、この年の音楽祭でハーゲン役を(クナッパーツブッシュの指揮で!)歌っていたヨーゼフ・グラインドルが同じ役で参加しているのが嬉しい。
本国のマスターからの新規マスタリングによる世界初のSACD化だけに、合唱の響きがささくれたりせずに伸び伸びと響くのは本当にありがたい。また、合唱に重きを置いたバランスではあるけれども、オーケストラについても、祝祭劇場独特のサウンドと対向配置はしっかりと立体的に聴きとれる。
対向配置に関しては、特別収録のオイゲン・ヨッフム指揮のバイエルン放送交響楽団による「パルジファル」からの2曲も、1957年の最初期のステレオ録音だからか、対向配置になっている。
ベームの名盤を空気感とともに味わえる音響
もう一つのカール・ベーム指揮による「トリスタンとイゾルデ」全曲は、いわずと知れた名盤。ベームの気合の入った指揮、ニルソンとヴィントガッセンという不滅の主役コンビの価値については、言葉を費やす必要はないだろう。

ここでも、バイロイト独特の音響の魅力をたっぷりと味わえる。舞台上の歌手たちの音像はくっきりと明快で、底部から響くオーケストラが絶妙のバランスで(ナマそのものよりは各楽器や声部の動きを際だたせているが)支える。ニルソンの声の威力も、伸びやかなSACDだからこそ金属的にならずに味わえる。
なおこれは、聴衆入りであることは間違いないのだが、音楽祭の上演そのものライブではない。音楽祭に先立って、聴衆を半分の1,000人に減らし、ノイズをなるべく立てないように言い含めた上で、歌手の疲弊を少なくするために各幕を1日ずつに分けて録っていった、いわば〈公開録音〉の形式だった。新規マスタリングで空気感もより味わえるようになっただけに、この制作法を意識しながら聴くのは一興だ。
DGのバイロイト・シリーズ、ブーレーズ指揮の「パルジファル」もこの音質で聴いてみたいし、さかのぼって旧フィリップス(現在はデッカ)の、1961~1962年のサヴァリッシュ指揮のシリーズも、ぜひ手がけてほしい!