DGの『ザルツブルク音楽祭100周年記念BOX』58CDで祝祭の全貌を網羅
オーストリア、というよりも世界を代表するフェスティヴァル〈Salzburger Festspiele(ザルツブルガー・フェストシュピーレ=ザルツブルク祝祭)〉が2020年、100周年を迎えた。日本では〈ザルツブルク音楽祭〉が定訳だが、実際にはオペラ、オーケストラ演奏会、室内楽、リサイタルなどの音楽部門と演劇部門が2本柱。さらに指揮者コンクールや歌手、演出家育成の教育プログラム、美術展までを網羅した総合芸術祭だ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに伴い100周年記念の壮麗なプログラムと日程を大幅に変更、8月の1か月間に会期を圧縮したが、オペラもコンサートも演劇も開催に踏み切った。
〈第一次世界大戦後の荒廃した地上に平和な文化の秩序を回復する理念〉(ヘルガ・ラブル=シュタトラー総裁)とともにザルツブルク音楽祭を立ち上げたのは演出家&プロデューサーのマックス・ラインハルト、劇作家フーゴー・フォン・ホーフマンスタール、作曲家リヒャルト・シュトラウスの3人。シュトラウスは100年前のパンデミックのスペイン風邪に2度罹患しながら生還、ホーフマンスタール台本の「影の無い女」を19年に世界初演した直後だった。20年8月22日の初日はホーフマンスタール作、ラインハルト演出の道徳劇「イェーダーマン」で開幕した。
ドイッチェ・グラモフォン(DG)レーベルでは自社音源、オーストリア放送協会との共同制作だけでライヴ録音CD58枚組の『ザルツブルク音楽祭100周年記念BOX』をリリースした。内訳はオペラが13作品32枚、オーケストラ演奏会が17公演19枚、ピアノ・リサイタルが6公演5枚、ボーナス盤が2枚だ。最も古い音源は47年8月12日に旧祝祭大劇場で収録したカール・ベーム指揮のR・シュトラウス“アラベラ”。第二次世界大戦前から戦中にかけての記録が1枚もないことでようやく、DGが 〈戦後に急成長した新興レーベル〉だった事実に思い至る。
ベームは38年にブルーノ・ワルターの代役として音楽祭にデビューして死の前年の80年までオペラを指揮、とりわけ個人的にも親しかったシュトラウス、ザルツブルクが生んだ最大の音楽家モーツァルトのスペシャリストとして君臨した。ボックスには “アラベラ”のほかシュトラウスの“ナクソス島のアリアドネ”“無口な女”“ばらの騎士”、モーツァルトの“コジ・ファン・トゥッテ”“ドン・ジョヴァンニ”が入った。“ばらの騎士”では、現在の祝祭大劇場完成に際しヘルベルト・フォン・カラヤンが指揮した60年の記念碑的録音も入っている。
DGがクラシック音楽の市場で急成長できた背景には、ザルツブルクから世界の楽壇に羽ばたき〈帝王〉と呼ばれ、音楽祭も牛耳ったカラヤンの存在が大きい。日本ではシンフォニー指揮者のイメージが強いが、自身で演出まで手がけるなど、本領はオペラにあった。“ばらの騎士”のほかにヴェルディの“ドン・カルロ”“イル・トロヴァトーレ”、グルックの“オルフェオとエウリディーチェ”を収録。“トロヴァトーレ”でフランコ・コレッリ(テノール)が歌うカバレッタ“見よ、恐ろしい炎を”を聴いただけでも大歌手と大指揮者の散らせる火花の激しさに圧倒される。