音楽を聴く方法が多様化した現在、タワーレコードがおすすめしているのはSACDでの高品質なリスニング体験です。この連載ではSACDで聴く名盤とSACDそのものの魅力をお伝えしています。第5回に取り上げるのはヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮による『バイロイトの第9』です。クラシックの名盤として長く親しまれていた本作の、カットなしの完全録音が『スウェーデン放送所蔵音源によるバイロイトの第9』としてSACDハイブリッド盤化。その復刻の意義やSACDで聴く『バイロイトの第9』の体験について、音楽評論家の平林直哉さんに論じてもらいました。 *Mikiki編集部

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タワーレコードのYouTube動画〈高音質のCD? 「SACD」とは《Q&A編》〉

WILHELM FURTWÄNGLER, ORCHESTER DER BAYREUTHER FESTSPIELE 『スウェーデン放送所蔵音源によるバイロイトの第9』 BIS/キングインターナショナル(2021)

 

伝説の〈バイロイトの第9〉が完全復刻

2021年9月、CD 55枚組の『フルトヴェングラー正規レコード用録音集大成』(ワーナー)が発売された。これは従来盤の焼き直しではあったが、刷新された音質や豪華な解説書、CD 1枚分の未刊行録音などにより大いに注目を集めた。特に未刊行の録音については、〈まだまだ探せばあるものだ。ただ、もっと大物は眠っていないのか?〉というのがファンの本音ではなかっただろうか。

喜びに浸りながらこのセットを愛でている人々を、さらなる狂喜へと誘ったニュースがほどなく届けられた。それは、BISが発掘した伝説の〈バイロイトの第9〉、しかもスウェーデン放送に所蔵されていた、アナウンスも含めた完全録音の復刻であった。

 

不滅の名盤の完全版が記録されたテープ

1951年7月29日、フルトヴェングラーは戦後最初に再開された〈バイロイト音楽祭〉の開幕式でベートーヴェンの“交響曲第9番「合唱」”を振った。この時の演奏はEMIによって収録され、フルトヴェングラーの亡くなった翌年(1955年)、初めてLP化された。以来、この第9は今なお不滅の名盤として世界中で広く聴かれている。

一方で7月29日当日、この第9はラジオで生中継され、その時のテープが残されているという情報が広まっていった。EMI音源と同じものであるはずなのに、なぜファンは聴きたいと願うのか? それは、この放送用の録音こそ、全くハサミの入っていない、一発勝負の演奏に違いないというファン心理が働いたからである。

その思いが実現されたのは2007年7月、フルトヴェングラー・センターがバイエルン放送所蔵のテープを使用し、EMIと同じ日の演奏をCD化(WFHC-013)した時である。この演奏はEMI盤と同じ7月29日の日付けであったが、内容は明らかに別演奏だった。同一演奏はドイツ・オルフェオから一般発売され(C754081B)、広く聴かれるようになったが、ここで〈EMIとオルフェオの、どちらが本物のライブか?〉という論争が巻き起こったが、結局は結論は出ずじまい。

そこに登場したのがBISによるスウェーデン放送盤である。これは演奏前後に複数の言語によるアナウンスが入っている。しかも、演奏内容はフルトヴェングラー・センター/オルフェオと全く同一である。こうなると、どちらが本物のライブかという論争については、今回の発売で一件落着となった。

 

熱狂と興奮を感じさせるSACD恐るべし

私はこのSACDハイブリッド(KKC-6435)の解説を書かせていただいた。しかし、制作進行の都合上、執筆時は通常、CD層しか試聴出来ないために、その点については触れることが出来なかった。

なので、SACD層の音は、この原稿を書くにあたって、初めて接したことになる。聴く前には、モノラルの不完全な放送録音だから、CD層とSACD層の音質差はそれほどないのではないかと予想したのである。

ところが、印象がかなり違っていた。これには自分でも、ちょっと驚いた。まず、響きの空間が豊かに感じられ、CD層ではあまり聴き取れない細部の動きが明瞭に。そして、CD層ではいかにも色あせたような色彩感が、ずっと鮮明になり、演奏がいっそう生き生きと捉えられる。また、ノイズ成分もなぜかSACD層の方が目立たなくなっているのも不思議だ。

全体の流れで言うと、最初は若干手探り状態で始まりながらも、第1楽章後半あたりから次第にエンジンがかかり、第4楽章はEMI盤を上回る熱狂と興奮をも感じさせる。SACD恐るべし、というところだろうか。

 


RELEASE INFORMATION

WILHELM FURTWÄNGLER, ORCHESTER DER BAYREUTHER FESTSPIELE 『スウェーデン放送所蔵音源によるバイロイトの第9』 BIS/キングインターナショナル(2021)

リリース日:2021年12月2日
品番:KKC-6435
形態:SACDハイブリッド
価格:3,300円(税込)

TRACKLIST
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 Op.125「合唱」

■演奏
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
エリーザベト・ヘンゲン(アルト)
ハンス・ホップ(テノール)
オットー・エーデルマン(バス)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)
バイロイト祝祭管弦楽団/同合唱団
録音:1951年7月29日/バイロイト祝祭劇場(ライブ)