2012年3月、ジョアン・ジルベルト生誕80周年を祝うコンサートがサンパウロで開催された。出演したのはヴォーカルのヘナート・ブラス、サックス/クラリネットのナイロール・プロヴェッタ、ヴィオラォン(ガット・ギター)のエドソン・アルヴェスの3人だ。ヘナートはキャリア約20年、既に7枚のアルバムをリリースしている現代MPB界を代表するアーティスト。プロヴェッタはパウロ・モウラ亡き後、ブラジル最高峰の木管奏者。エドソンはスタジオ系ミュージシャンとしてブラジル音楽はもちろん、ジャズから映画音楽まで手掛ける大ベテランである。ジョアンの愛唱歌を取り上げたこのコンサートは大成功を収めると出演依頼が殺到、一度限りのプロジェクトのはずが、CDまで録音することになったのだ。

RENATO BRAZ,NAILOR PROVETA,EDSON JOSE ALVES シレンシオ~ジョアン・ジルベルト・トリビュート Alma Brasileira(2014)

 ここに収録された16曲は全てジョアンが過去にアルバムに収めた楽曲であり、7曲がボサノヴァ誕生以前のサンバ、3曲が海外の歌謡曲、ジョビン作品が2曲、カエターノジルベルト・ジル、ジョアンのオリジナルがそれぞれ1曲ずつ、そしてバイーアのフォルクローレ(原曲はオス・チンコアンス作のイジェシャー)で幕を閉じるという内容だ。

 本作は、ジョアンが歌った楽曲を単に再演したのではなく、ジョアンのスタイルを継承しつつ自分たちの世界観を表現することに成功した類稀な作品である。タイトルの「シレンシオ」とは「静寂」という意味だが、ジョアンはよく「内なる静寂」の大切さについて語っているそうで、「単なる音の静寂だけでなく、心の静寂が彼の音楽の本質にある」ということ念頭に置いて制作したそうだ。既にジョアン本人も本作を耳にしており、お気に召しているとか。

 数あるジョアン・トリビュート作品の中でも群を抜いての完成度の高さで、10年、20年経っても聴き継がれる歴史的名作であると断言したい(尚、本作品にまつわる録音時のエピソードは拙著『ボサノヴァの真実』にも詳しく記載しているので、興味があれば是非一読されたし)。