一方、プライマスやキッス(ジーン・シモンズ)との共演、さらには〈Ozzfest〉への出演などを通じて同時代のヘヴィー・ロック・シーンにも存在感を示した90年代以降のメルヴィンズ。後に交流を深めていくトゥールとの出会いもこの頃のことで、片や、97年の『Honky』にはライオット・ガールの一角を担ったベイブス・イン・トイランドのキャット・ベランドがゲスト・ヴォーカリストとして参加しているのも興味深い。なかでも特筆すべき作品が、2000年の12作目『The Crybaby』だろう。トゥールの面々を筆頭にジーザス・リザードのデヴィッド・ヨウ、フィータス、ラウンジ・リザーズのエリク・サンコ、ヘルメットのヘンリー・ボグダン、ハンク・ウィリアムズ3世ら音楽性を越えて集ったゲスト・ミュージシャンの顔ぶれは、メルヴィンズのキャリアの奥行きというか懐の深さのようなものを象徴していると言えよう。
そして、同じく『The Crybaby』にゲストとして参加したフェイス・ノー・モアのマイク・パットンは、メルヴィンズ最大の盟友と呼ぶに相応しい。パットンは主宰するレーベル、イピキャックを介して『The Crybaby』を含む3部作(共に99年作の『The Maggot』『The Bootlicker』)以降のリリースに携わる傍ら、オズボーンとはファントマスを結成して活動。2002年にはファントマス・メルヴィンズ・ビッグ・バンド名義のライヴ・アルバム『Millennium Monsterwork 2000』もあり、また3部作以降(~2005年)の作品では、パットンがジョン・ステイナー(バトルス)らと率いたトマホークのケヴィン・ラットマニスがベーシストに起用されているのもポイントだ。
加えてもうひとり、盟友の一翼を担う人物がデッド・ケネディーズのリーダーであるジェロ・ビアフラだろう。言うまでもなく、メルヴィンズにとってデッド・ケネディーズは西海岸オリジナル・ハードコアの偉大なる先達であり、2004年のビアフラとのコラボ・アルバム『Never Breathe What You Can’t See』にはトゥールのギタリストであるアダム・ジョーンズも参加。そんなメルヴィンズがパットンやビアフラと結ぶトライアングルには、それこそイペキャックやリプライズのレーベル・カタログに並ぶポスト・メタル/グラインドコア~ドゥーム・メタル勢(アイシス、ニューロシス、マストドン、ボーレン&ディア・クラブ・オブ・ゴアなど)まで内包してUSアンダーグラウンドに深く根を張る〈ハードコア〉起源の巨大な樹形図が姿を覗かせるようだ。
ビアフラとの〈Never Breathe~〉と同じ2004年に発表された、元SPKでスロッビング・グリッスルとも繋がる鬼才ラストモードことブライアン・ウィリアムスとの共作盤『Pigs Of The Roman Empire』は、この前年に再始動したアースやサンO)))らが後押ししたスラッジ/ドローンの再評価を経て、昨今のニュー・インダストリアルに至る現行の文脈からも再考に値する一枚。加えて、この前後からサポート・ベーシストを務めるデヴィッド・スコット・ストーンの交遊録――パットンやビアフラをはじめアンワウンド、ロカスト、フガジのジョー・ラリー、ノー・エイジ、灰野敬二など――は、メルヴィンズが置かれた評価の背景を把握する際の補助線として興味深い。
さらに、2000年代のディスコグラフィーを代表する16作目『(A) Senile Animal』(2006年)を機に(元トマホークのラットマニスと入れ替わりで)加入する、シアトルのストーナー/スラッジ・メタル・バンドのビッグ・ビジネスのメンバー、ジャレド・ウォーレンもまたKレーベルやゴールド・スタンダード・ラボラトリーズ、そしてノー・エイジのディーン・スパントが主宰するポスト・プリゼント・ミディアムから作品を残している多作な人物だ。