ロック・ミュージックの世界では、複数のバンドのメンバーが奇跡的に邂逅し、アルバム制作やライヴ・ツアーへと進展を見せる、俗に言う〈スーパー・グループ〉がいくつも誕生している。個々人のガス抜き的なサイド(ソロ)・プロジェクトとは異なり、シーンの第一線で活躍してきた才能と才能がぶつかり合うからこその刺激は、時に素晴らしい化学反応を起こし我々リスナーを楽しませてくれるものだ。2000年代以降だと、ジャック・ホワイトが司令塔となり、キルズのアリソン・モシャートがヴォーカルを努め、ディーン・ファーティタ(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ)とジャック・ローレンス(グリーンホーンズ/ラカンターズ)が脇を固めるデッド・ウェザーの衝撃は忘れ難い。それに、フランツ・フェルディナンドとスパークスが文字通り〈合体〉したFFSや、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロ、ティム・コマーフォード、ブラッド・ウィルクの3人が、ヒップホップ界の超大御所として知られるパブリック・エネミーやサイプレス・ヒルのMCと結成したプロフェッツ・オブ・レイジなどは記憶に新しいところだろう。
そんなスーパー・グループの歴史に新たな1ページを刻むのが、本稿の主役であるクリスタル・フェアリー。ヘヴィー・ロックに親しんできたファンであれば、おそらくアー写を見ただけでも卒倒もののラインナップなのだが、今回は各メンバーの基本情報や近況を振り返りつつ、バンド結成時のエピソード、そしてリリースされたばかりのデビュー・アルバム『Crystal Fairy』についてご紹介しよう。
グランジ界のゴッドファーザーが率いる脅威のクァルテット
クリスタル・フェアリーを構成するメンバーは4人。まずは30年以上ものキャリアを誇るUSワシントン州のオルタナティヴ・ロック・バンド、メルヴィンズより白髪の化身ことバズ・オズボーン(ギター)と、そのバズが絶大な信頼を寄せるメルヴィンズの屋台骨、デイル・クローヴァー(ドラムス)の2人が参加。さらにメキシコ出身のパンク・バンド、レ・ブチェレッツを率いるエキセントリック美女ことテリー・ジェンダー・ベンダー(ヴォーカル/ギター/キーボード)がフロント・ウーマンを務めているほか、その旦那でありアット・ザ・ドライヴ・イン(以下:ATDI)の中心人物としてもお馴染みのオマー・ロドリゲス・ロペスがここではベースを担当。彼にとって伝家の宝刀であるギター・プレイを封印しているのだから驚きだ。
では、それぞれの経歴や基本情報をおさらいしておこう。メルヴィンズといえば、あのカート・コバーンが心底惚れ込んだバンドとしても有名。大地を引きずるように重く図太いサウンドが、ニルヴァーナやマッドハニーなどのシアトル勢にも多大な影響をもたらしたことから〈グランジ界のゴッドファーザー〉と呼ばれていたばかりか、トゥールやマストドン、Borisといったメタル/ストーナー/スラッジ・コアの文脈でも、メルヴィンズへのリスペクトを表明するバンドは枚挙に暇がない。2015年11月の〈Hostess Club Weekender〉にて約6年ぶりの来日を果たし、90分間ノンストップで絶叫&爆音をブチかました超絶怒涛のステージは今や伝説である。
レ・ブチェレッツに関しては、名前を初めて聞くという読者もいるだろうか。2007年に結成され、これまでに3枚のフル・アルバムを発表している3人組だが、テリーが唯一のオリジナル・メンバーであることを踏まえると、事実上は彼女のソロ・プロジェクトと言っても過言ではない。
2000年代後半にはメキシコからLAへと移住。デッド・ウェザーやヤー・ヤー・ヤーズのツアーで前座に指名され、映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーの息子であるアダン・ホドロフスキーことアダナスキーとコラボ(2人が全裸で取っ組み合いしながら街に繰り出す“Don't Try To Fool Me”のミュージック・ビデオは閲覧注意!)するなど精力的に活動していたが、やはりターニング・ポイントとなったのはオマーとの出会いだった。彼はレ・ブチェレッツのデビュー作『Sin Sin Sin』(2011年)を含む全アルバムのプロデュースを手掛け(実はここでもベースを演奏)、自身のレーベルからリリースしたりと全面的にバックアップ。さらに、マーズ・ヴォルタが2012年に活動休止をアナウンスした際は、新たに立ち上げたボスニアン・レインボーズでテリーをヴォーカリストに抜擢したのだ。同年12月には早くもこの編成でジャパン・ツアーを行っており、ステージ上で突如前髪をセルフカットしたりする彼女の不可解な行動と、キュートな素顔のギャップにメロメロになったロック・ファンは少なくないはず。
また、レ・ブチェレッツの2作目『Cry Is For The Flies』(2014年)にはブラック・フラッグのヘンリー・ロリンズが、3作目となる『A Raw Youth』(2015年)にはイギー・ポップやジョン・フルシアンテが客演していたりと、レジェントたちも彼女に一目を置いていることは特筆しておきたい。
そしてオマーについては、昨年の〈サマソニ〉で素晴らしいパフォーマンスを繰り広げたATDIや、2013年に惜しまれつつも解散したマーズ・ヴォルタの凄腕ギタリストとして知られているが、昨年は隔週でソロ・アルバムを12作連続リリース(!)するなど、かのフランク・ザッパに追いつけ追い越せの超多作なアーティストだ。
今年はクリスタル・フェアリーとしての活動だけに留まらず、5月5日には約17年ぶりとなるATDIの新作『in∙ter a∙li∙a』が控えているほか、ボスニアン・レインボーズとアンテマスクのニュー・アルバムも制作中だというから脱帽である。アンテマスクはATDI時代からの盟友、セドリック・ビクスラー・ザヴァラとの新ユニットで、2015年2月に日本で行われたフェイス・ノー・モアとの2マン・ライヴではレ・ブチェレッツがオープニング・アクトを努めていた。こうして振り返ってみると、2015年はクリスタル・フェアリーのメンバー全員が東京の地を踏んでいたことになる。
笑ってしまうほど痛快で、強烈に禍々しい処女作『Crystal Fairy』
そもそもクリスタル・フェアリーが結成されたきっかけは、メルヴィンズとレ・ブチェレッツが一緒に行っていたUSツアーにおいて、ビキニ・キルの名曲“Rebel Girl”のカヴァーを共にプレイすることが恒例になっていたことから。ライヴでも毎晩ハイライト的な盛り上がりを見せていたそうで、デイヴは次のように述懐している。
「パフォーマンスのたびに我々には特別な化学反応があることに気付いて、それをもう少し追求したいと感じたんだ。テリーやオマーともすごく親しくなったから、それでみんなで新しいバンドをスタートすることになった」
後半で“Rebel Girl”を演奏している上のライヴ映像をチェックしてもらえれば、両者の相性が抜群であることをご理解いただけるはずだ(事実、2015年には『Chaos As Usual』というスプリット盤も残している)。このツアーに何度も足を運んでいたのがオマーで、彼はもともとメルヴィンズの大ファン。バックステージで交流を深めるうちに、ベーシストとして最後のピースを埋めることになったのだとか。
いわゆるヘヴィー・ロックのカリスマたちが集結したクリスタル・フェアリーであるが、その音楽性は良い意味でとてもわかりやすいし、期待を裏切らない。つまり、それぞれのバンドのディスコグラフィに触れてきたファンであれば、頭の中に思い浮かぶサウンドがまんまスピーカーから流れてきて面食らうことになるだろう。このたび届けられた処女作『Crystal Fairy』は、フェイス・ノー・モアのマイク・パットンが設立したイピキャックからのリリース。冒頭の“Chiseler”は、もう笑ってしまうほどゴリッゴリのギター・リフが炸裂し、テリーの狂気じみたヴォーカルが魔女のごとくリスナーを翻弄するナンバーだ。
歌詞はすべてテリーが書いているのだろうか、いつも以上にエキセントリックでフリーキーな彼女の表情が楽しめるのも魅力で、粗暴な男性目線で描かれた“Necklace Of Divorce”ではヤー・ヤー・ヤーズのカレン・Oを思わせる痛快なシャウトを轟かせるし、全編スペイン語で歌われる“Secret Agent Rat”はマーズ・ヴォルタにおけるセドリックの怪鳥ヴォイスを彷彿とさせたりもする。また、“Sweet Self”の前半で聞こえる印象的なオープン・チューニングのギターは、テリー自身が弾いているそうだ。
サウンド面も相当なインパクト。バンド名の由来にもなった“Crystal Fairy”での砂塵舞い上がるデザート・ロックも最高だが、テルミンを採り入れた“Under Trouble”の奇妙奇天烈なスロウコアもおもしろいし、骨太なドラムロールからバズ&テリーのユニゾン・ヴォーカルに雪崩れ込み、〈魔法の呪文/地獄からのメッセージ!〉と絶叫する“Posesion”の禍々しさもハンパじゃない。ぜひヘッドフォンのボリュームをMAXにして、脳内麻薬ドバドバで音の快楽に溺れてみてほしい。
4人のスケジュールさえ合えば、今夏にはツアーに乗り出すというクリスタル・フェアリー(来日公演の実現にも期待!)。グランジ、メタル、ハードコア、プログレといった多種多様な音楽がゴチャ混ぜになったメルティング・ポットとして堪能するのも良いし、ビキニ・キル→ライオット・ガールの文脈からアプローチしてみるのもおもしろいだろう。そして、今作を足掛かりに、メルヴィンズやオマー関連の膨大なレコード沼にどっぷりハマってみるのもまた一興かもしれない。